不況

自殺と憂鬱の時代

 幸いにして、私の日本人の知り合いで自殺した人は今のところいない。

 日本は自殺者が多いと問題になっているが、実際にはアメリカ合衆国の自殺者もかなりのものではなかろうか?

 ただ宗教上の理由で自殺は堅く禁じられているし、否定的な考え方などを嫌うお国柄、正確な数値の把握がされているとは思わない。

 自殺者、自殺未遂者、鬱病患者なら、あちらにもかなりいるはず。

 だからこそ、カウンセリングが大流行なのだろう・・・。

 景気の良い時代にあっても、「鮫が泳いでいる同じプールの中に泳ぐようなストレス社会」だとアメリカ在住アメリカ人が言っていたことがある。

 たまに世間を騒がせる、学校などの銃乱射事件も攻撃型の自殺の一種だろう。

 絶望は死に至る病だと言ったのは哲学者だっただろうか?

 鬱も同様、死に至る病である。

 鬱の患者が何に絶望しているのか?

 借金と貧困にあえぎ苦しみ、夜逃げしたり破産した人々に、「お金だけが人生じゃないよ」と誰が言えるだろう。

 彼らが欲しているのは「お金」だ。

 現世でそれが得られないから絶望して死んでいくのだ・・・。

 圧倒的に足りないお金とそれを得るための職。

 その重い事実が世界を覆っている。

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アメリカと日本 不況と社会主義(共産主義)

 アメリカの現状は、私が思い描いていたよりも遙かに悪いようだ。

 最近、自殺の話を聞いた。

 友だちの友だち。そして、友だちの会社の同僚(複数)。

 こんなによく耳にするということは、アメリカでも自殺者は多発していると言えるのではないか?

 そして、破産。友だちの友だちが家を失った。

 借家人が夜逃げをした。大家はもう懲り懲り・・・。

 これらは最近私が耳にした話である。

 Changeで人気を得てオバマ氏は大統領になったが、一向に景気は良くならない。

 白人と黒人の市民戦争が起きているかのように言われているが、オバマ大統領を嫌っているのは同じ黒人達だと友だちの一人が言っていた・・・。

 そんなことだろうと思った。

 状態が良くならなかった場合、最もチェンジを望み支持した層が裏切られたと怒るのは当たり前のことだ。

 オバマ大統領がアメリカ国民に言っていることは恐ろしいことだ。

 アメリカの生活水準を下げれば他の他の貧しい国々が助かる・・・。そんな話をしているのだと言う・・・。

 これは、もう、日米同時不況、日米同時共産主義化と言えるのではないだろうか?

 資本主義の活力を失った国に、世界をリードするよう購買力は望みようがない。

 貧困の苦しみが人々を狂わせているとしか思えない。

 貧困が妬みを生み、その妬みの数的パワーで世界が回っているかのようだ。

 世界的規模の経済飽和状態の中、多くの人々や国は貧困から抜け出す道を見出せず、より豊かな者から奪うことしか考えなくなる。

 世界は出口の見えない経済危機の真っ只中にいる。

 私がまだ民主党政権を支持していた頃、ある人が「民主党に試してみたい気はするが、今の状況では怖くて出来ない」とブログに書いていたことが思い出される。

 正にその通りのことが起こっている。

 国内も国外もダメ。どの国にも他の国のものを買う能力がない。

 八方ふさがりとも言える厳しい難しい状況下の中で、アンチ資本主義で、経済のけの字も知らないような民主党政権が日本の舵取りをしていることは、日本国民にとって大変不幸で不運なことである。

 どれだけの国民がこの危機を乗り切ることが出来るのかわからない。

 それは私自身も含めてのことだ。

 そういう意味で、今の危機は戦争に似ているかも知れない。

 焼け野原の中、助かった者だけで国を復興させるという意味で。

 だが、しかし、戦死した人々の苦しみや痛みは、実際に味わってみなければわからない。

 最近、うちの仕事の取引先の一つが倒産したことを別の業者から知らされた。

 十年以上も付き合いのあった会社である。

 その家族が今どこでどんな生活をしているのか・・・。想像することすら出来ない。

 まして、生活苦で自ら命を絶った人々の気持ちなどは・・・。

 自分の身に起こって始めて知ることになるのだ。

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鳩山不況 -- この世に無血革命などない

 今、私は史上最悪の経済状態に直面している。

 私のみならず、多くの日本人が今その事態に直面していることだろう。

 これが人が言うところの「平成維新」「平成革命」が人々に与えた影響だ。

 確かに革命である。

 世の中がひっくり返って、今まで真面目に働いて食えていた人々が食えなくなったのだから。

 それを無血革命のように言う人がいるが、とんでもないことである。

 世の中がひっくり返って血を流さない人がいない訳がない。

 まず、公共事業を止めればそこに携わって生活していた人々の生活は直ちに脅かされる。

 それを是としたのだから、民主党支持者たちは、矢張り人々の血が流れることを承知して革命を望んだことは間違いない。

 国民に痛みを押しつけた小泉政治はもう二度とゴメンだが、自分に痛みが来なければ、他人が受ける痛みには頓着しない・・・。

 まして、自分に痛みの変わりに「現金」が与えられるとすれば・・・。

 この大衆の考え方に合致したのが、今存在している鳩山民主政権なのである。

 増税もしかり。

 消費税増税はゴメンだが、自分に関係ない税金、たばこ税、環境税ならOKだ。まして、その人たちの払いのお陰で自分たちが増税を免れるなら・・・。

 その考え方が日本中に蔓延しているからこその「平成維新」なのである。

 日本には大きく分けて二つの相容れない階層が出来てしまったようだ。

 物を持つ者と物を持たざる者と。

 それは金持ちと貧民の二層ではなく、同じ庶民の中で、やや余裕がある層と余裕が全くない層とが対立する構図となっている。

 たとえば、自家用車を持たない人々は、自家用車を持っている人が増税に苦しんだり、その結果車を手放し自分たちと同じ立場になれば満足なのである。

 これは日本社会、そして日本経済に甚大な影響を与える。

 そして、又、増税し放題という状況を政府に与える。

 一時のカタルシスを味わい、あとは地獄が待っている。

 行き着く先は、持つ者も、持たざる者も、共に逃れられない地獄行きだ。

 民主党の提示する案は実に明解だ。

 たとえば医師の診療報酬だが、開業医は勤務医に比べて勤務時間が短いのに収入が多いのはけしからんと言い、結果的に収入が低い方へ均して「平等」を謳う。

 これぞまさしく共産主義的考え方である。

 ロシアや東ドイツの共産主義が崩壊した時、共産主義が立ちゆかなくなったからではなかったのか?

 それを今、世界大恐慌に狼狽え、資本主義の崩壊だと叫び、その共産主義を今民主党はやろうとしている。

 過去に学ばない者は何度でも同じ過ちを繰り返す・・・。

 その先にあるものを想像すると、少子高齢化解消どころか、子供を産んだことを後悔する世界が待っているような戦慄さえ覚えてしまう。

 何のために民主党の政治家はイギリスやヨーロッパへ研修に行っていたのだろう?

 人は何でも悪いものから覚えるとよく言われる。

 彼らは悪いものから覚えてしまったのかもしれない。

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10月の景気

 我が家の景気は8月が悪く、9月はやや持ち直し、そして10月はかなり悪化した。

 考えられることはただ一つ。

 巷で言われていた、二番底が来ているということだ。

 何故、それがマスコミで話題にならないのか不思議でならないが、8月からあらゆる業種で解雇が拡がっているのではないだろうか。

 テレビ番組を見ればよくわかる。

 テレビ局は明解なコストカットを行い、ギャラの高いタレントをキャスターから次々に外して局アナをそれに当てている。

 大きな会社のコストカット、人切りは、ドミノ倒しのように周りに連鎖して国中で人が解雇されていく。

 職を失った人々、家や工場、店舗を失った人々の行く先が語られることはない。

 それらの人々は静かに表舞台から消えて、どこで何をしているのか?

 それらの人々が市場社会から去ったことにより、生き残った者たちが分け合い、競争で取り合う全体のパイの大きさは縮小する。

 生き残った者たちも又、前よりも少なくなった収入で厳しい遣り繰りを強いられる。

 それはまるで生きるも地獄、死ぬも地獄のような、大変に厳しい状況である。

 今の状況を見れば、夏以降、景気が今までの分が一気に加速して落ちているとしか思えない。

 日本の貧困率が発表されたとき、「そんなでもないじゃないか」と思ったが、その後で見た「就職できない高校生」のテレビ番組を見た時、本物の貧困が日本社会を覆い尽くしていることを知って愕然とした・・・。

 昔、苦学してでも学校へ進学した理由は、その先に就職があったからである。

 就職することによって、それまでの貧乏が取り返せる可能性や夢があったからである。

 今は多くの子供達にその道が閉ざされている。

 ネットの書き込みを見ても、「化粧品を買うお金がない」「服を買うお金がない」「食べ物にお金を掛けられない」「結婚できない」「職がない」「親にお金がない」・・・という投稿が目につくようになった。

 これまで経験したことのない貧乏に押しつぶされそうな女性の叫びが聞こえてくるようだ。

 救いを求めているのは派遣切りされた若者だけじゃない。

 多くの場所で、あらゆる業種で、人々は収入減に苦しみ、出口のない不況のトンネルの中でうずくまり、不安で戦いている・・・。

 今、日本の景気の状況がどのようなのもであって、それに対して国はどういう対策を打つのか?

 国民が知りたいことはそれだと思う。

 たばこ増税だとか、環境税だとか、二酸化炭素削減目標はその次にあるものだろう。

 派遣村を救うのは結構なことだが、今のままでは生活保護者を増やすばかりで未来がない。

 それよりも先に、その上にいるギリギリの状態で普通の生活をしている人たちをまず救うべきだと思う。

 直接的に日本の未来を作っていく人たち=子供達はそこにいるはずだからだ。

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デートで割り勘とは・・・

 この頃、ネットで盛んに議論されていること。

 デートで割り勘しては何故悪いの?とか何とか・・・。

 要するに、男性が女性を食事に誘った際、支払いは割り勘でお願いします、という男性が増えているということなのだ。

 嘆かわしいが、不思議ではない話である。

 異性とデートする年代の男女に今一番不足しているのは「お金」だからだ。

 気の毒なことだ。

 その悲しい現実の中、割り勘を声高に肯定する人の多くは、割り勘を肯定する家庭で育ったと思われる。

 つまり、「自分の食い扶持は自分で稼ぐ」を旨とする、働かざる者食うべからずの家庭環境だろう。

 子供に無条件で愛情を与え、子供が欲しがる物を「もう、しょうがないな!」なんて買い与えるような家庭とは違い、子供達は欲しいものは自分のお小遣いの範囲内で買うか、あるいはバイトをしなければ買うことが叶わない。

 「もう、しょうがないな」が出ないのだからしょうがない。

 やがて学費もバイトで稼ぐか奨学金という名の借金をして賄う。

 何故か?

 親にお金の余裕がないからである。

 これほどに惨めで辛いことがあるだろうか?自分の血を分けた子供に欲しい物を買い与え、喜ばせることが出来ないのだから。

 親たちはその現実から目を逸らし、子供らには言い訳をし始める。

 「自分の欲しい物、自分がやりたい事のために自分でお金を払うことが一番尊いことなのだ」などと子供に教え込む。

 それは子供が学校を卒業して、就職してからの話だろう・・・。

 その親のクセは見事なまでに子供に伝承された。

 「男女平等の時代、支払いも割り勘ですることが正しいあり方だ」とか、「今の時代の常識だ」とか、言い訳だけは一人前だ。

 自分たちの保身のために、理屈を張り巡らせて自己防衛に必死な姿が哀れでしょうがない。

 お金がない故に、自分が大事にしているものにさえお金を使って喜ばせることが出来ない。

 この苦くて厳しい現実から目を逸らし、言い訳して、その先に何があるのだろうか?

 一時の心の平穏だろうか?

 誤魔化しても誤魔化しても、その現実から逃れることは出来ない。それを知っているのは自分自身だからだ。

 苦しいから逃げているのは自分自身だからだ。

 苦しいなら何故苦しいと言わないのだろう。

 親がお金がないのを知っているから、欲しい物を欲しいと言えなかった悲しい子供の心のままで今も生きているのか。

 それでは駄目だよ。

 「俺だって好きな女の子に美味しいご飯をご馳走してやりたい。そして、笑顔でご馳走様と言われたい。それが出来ない現実が苦しいんだよ」と言わなければ駄目だ。

 そうしなければ、予算の枠内でしか生きられない割り勘人生を歩む人と、奢り奢られの広がりある血の通った人生を歩む人とが二層化するだけだ。

 今よりも日本がまともな国だったころ、学生時代は割り勘であっても、社会人になれば人にご馳走したりと、ステップアップしていくことが出来た。

 大きくなって働いて親に楽させてやりたいとか、好きな物を買いたいとか、そういう子供の心を踏みにじったものは何なのか。

 若者から夢を取り上げてしまった物は何なのか。

 それは、長く続いた自民政権が日本という国にもたらした大きな禍である。

 若者達のすべての根が腐ってしまわない内に、国が再建されることをひたすらに望む。

 そうしなければいけない。

 何故なら、割り勘の連鎖は世代を超えて受け継がれることになるからだ。

 言い換えれば、それは貧困という名の生き地獄の連鎖である。

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格差社会について

 選挙を前に「格差社会を是正しなければならない」という言葉がよく聞かれるようになった。

 確かに日本全体の景気が落ち込み、あからさまに生活が苦しくなった人々が目につくようになってきている。

 高校進学さえ危ぶまれる子供達や、給食費を払わない親たち。

 自転車で走る人々。

 誰もが生活の苦労を背負って生きているように見える。

 我が家の生活も決して豊かではない。

 それでも何とか中流の体裁を保って生きていけるのは、親からの援助と、先祖から受け継いだ土地家屋があるからだろう。

 夫の親は広い土地と古い家を残して亡くなり、私の親は子供達からの援助を必要としないばかりか、子供に援助することが出来る程度の余裕はある。

 夫に兄弟はなく、私の兄弟はどちらかと言えば高給取りである。

 高給取りでも双方の親から何らかの援助を受けている。

 思えば、亡くなった祖父も働いた給料で家を建てた人である。息子二人を大学に行かせ・・・。

 十分な年金があったはずだから、最後の数年の介護生活の費用はすべて祖父のお金で賄え、更に少々の遺産を残した。

 敗戦国日本であるが、現在の格差の発祥は戦後に遡る。

 中卒で集団就職をした人を父に持つ人もあれば、私のように大学卒の父を持つ人もいる。

 両者は全く違う生き方をしているのではないだろうか。

 戦前の格差はもっと大きかった。

 私の母はその格差の生き証人である。

 その頃、下町で工場を持っていた母の家は金持ちで、書生やネエヤがいたそうだ。

 小学校の昼時にはネエヤが弁当を届けてくれたそうだ。商売をやっている家の子には、店屋物の鰻重が届けられたそうだ。

 それを見て教師は「お、良い物食っているな」などと言うのだという・・・。

 現代を生きる日本人にはおおよそ耐えられない光景だろう。

 敗戦によって、このような格差はなくなったのだから。

 それなのに、今日言われているような格差という概念が生まれたきっかけは、バブル景気とバブル崩壊にあると思う。

 バブル期を生きた人なら思い出すことが出来ると思うが、一般庶民が都内に家を持つことは絶望的な時代だった。

 その頃住んでいた社宅の近所で、1億円の値段の家が売りに出ていた。

 私たちが住んでいた家よりもずっと小さな家である。

 それでも庶民は夢を見ることが出来た。欲しい物はローンで買うことが出来たからである。

 欲しい物が買えるという点で、同じ夢を見ることが出来たのだ。

 コツコツ貯金をすれば、面白いように金利がついた。お金は銀行や郵便局で寝かせていても勝手に増えたし、株式投資で儲けた株ド素人だって数多くいた。

 だから、人々は今よりも遙かに不満を持たずに生きていた。

 そして、バブル崩壊が起きた。

 それによって大規模なリストラが敢行され、多くの破産者が生まれ、金融は急速に収縮した。

 その頃リストラされた人々の家族は今、どうなったのだろう?と思う。

 下手をすれば親をも巻き込み、戦後から祖父の代から積み上げてきた資産やすべてのセーフティネットを失った人もいたのではなかったろうか?

 その基礎の部分が崩壊してしまえば、中流の生活は成り立たなくなる。

 帰ることが出来る、頼ることが出来る親元がなくなった時点で人生は漂流するしかなくなる。

 その時の人々の恨みが今日まで渦巻いているような気がする。

 今、中流を生きている人で、親が中流未満の貧乏人だった人間がどれほどいるのだろうか?

 親が貧乏であれば親に援助することによって、自分自身の可処分所得は減るし、高齢化すれば益々金銭的な負担は高まる。

 それだけではない。親が貧乏であれば、その子供が上に上がれない理由は幾つもあるのだ。

 その格差を是正するとして、誰が裕福な親の役目を肩代わりすると言うのだろう?

 返さなくても許されるのは親からの援助だけだ。

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ホームセンターやスーパーのレジ打ちに見る格差社会

 最近、通販が流行っていると言うが、家に居ながらにして買い物が出来るという利便性もさることながら、劣化日本人と遭遇せずに買い物をすることが出来るというメリットは非常に大きいのかも知れない。

 ここのところ、ホームセンターなどに出掛けるたびに、昔では考えられないような、劣化した日本人のレジ打ちに当たるような気がする。

 手先、指先の動作の鈍さ・・・。

 あの手つきの悪さは生まれつきなのだろうか?

 二桁の年数を生きてきてあの程度の手配りしか出来ないようでは、これから上達するとは思えない。

 また、そこまで丁寧な指導はなされないとも思う。

 何故ならば、レジ打ちとは誰でも出来ると見なされている仕事の一つであるし、長くやって熟練して値打ちが出るという職種でもないからだ。

 そういう指導をするために掛かる時間や経費をカットするため、釣り銭が自動的にレジから出てくる装置も今はある。

 それ故、益々誰でも良いから雇い、要らなくなったら首にするという雇用の仕方が定着するようになる。

 先日のホームセンターは最悪だった。

 レジを打つ若い男性の要領が極端に悪く、「福祉事業の一環として、知能が若干劣る人を雇っているのかな?」と思わせたほどだ。

 人の質問にきちんと答えられないのだ。

 今時、レジや売り場でものを訪ねて答えられる店員がいれば、その人は優秀な方だと言えるだろう。

 その彼がいる売り場の雰囲気はギスギスしてとても悪かった。

 彼に関わった多くの客が苛つき、ラチがあかなくなると苛ついた空気を背負って店内を歩き、サービスカウンターまで出向く。

 そうやって売り場全体にイライラが伝染するのだ。

 なんでこんな人を雇っているのか本当に呆れた。

 しかし、別の日に同じホームセンターを訪れ、雰囲気の違いに驚かされた。

 レジ打ちには愛想の良い接客が出来るオバサンがいて、彼女によく懐いている若い男性がテキパキと動き回っていた。

 尋ねた商品についてわからなければ客と一緒に棚まで見に行き、担当者にきちんと取り次ぎをする。

 それらの対応がきちんとしているから、店内の雰囲気はとても感じが良く活気が感じられた。

 接客が出来る人の特徴は、適切な対応、そして、「すみません」とか「お待たせしてしまって」とかのつなぎの言葉を明るい感じで客に言えることが大きい。

 その多くはオジサンであったりオバサンであったりする。

 客の立場からすれば、そういう使える人にこそ店員として働いて欲しいのであるが、働く立場からすれば、同じ賃金で使えるが故にこき使われ、使えない人たちの分も責任を背負わされ働くことは辛いことだろう。

 まるで社会主義の国のようだ。

 働いても働かなくても同じ賃金。だったら働かない方が得・・・。

 一生懸命頑張っても正社員への登用があるわけでなし。でも、毎日頑張っている。人として立派なことだ。

 一方、使えない人たちのことだが、これからはレジ打ちなどのような仕事は、いわゆる能力が必要とされないどうでも良い仕事として定着していくだろう。

 以前、アメリカへ行ったときに驚いたのであるが、空港職員の態度が日本では考えられないくらいいい加減だったのである。

 無駄口は叩くは、立っている姿勢は悪いは・・・。

 それが許されるのは、その仕事が「誰でも出来るどうでも良い仕事」だと世間で認知され、「その仕事に就いているのはその程度の能力しかないから」とはっきりと認識されているからに他ならない。

 日本にもそれと同じような格差が定着するだろう。

 若い人が要領悪く、感じも悪くレジ打ちをやっているのを見ると、これらの人々は何年経っても同じ所に留まるしかない人々なのだろうな、と思わずにはいられない。

 それを可哀想だと思う余裕は私にはない。

 十分に不快な目に遭わされているのだから。

 不快であるばかりか、時には客が損害を被ることもある。

 ある時、夜のスーパーへお弁当を買いに行ったときのことである。

 レジにはいかにも頼りない、しかも注意散漫で落ち着きがなく、無駄な動きが多い感じの見習いバッジを付けた若い女性がいた。

 一番空いているからと、そのレジに入ったのが運の尽き・・・。

 透明プラスチックのケースに入った太巻きをレジ袋におぼつかない手付きで入れようとしたその時、フタがぱっかり開いてレジの台の上に太巻きを撒き散らした・・・・・・。

 あ、ありえない・・・。

 そんな時、今まで述べてきたような使えないレジ打ちの人たちは、決してすぐに謝って事を納めようとはしない。

 更に悪いことに、その太巻きは最後の1パックだった。

 レジ打ちの女性はまず店長の所に伺いに行き、その足で私たちの前に現れ、「同じものがありません。どうしますか?」と言ったのだった。

 言われたこちらは唖然とした。

 太巻きのパックを撒き散らすほどの要領の悪さ、接客能力のなさもさることながら、そのスーパーの店長の指導の悪さにも呆れた。

 スーパーのレジ打ちが使い捨ての人員であるように、店長も又、派遣の人なのかも知れない。

 そのメンバーで夕方から閉店までの数時間、スーパーは回されているということだ。

 そんな状態のスーパーで文句を言っても始まらない。

 これから我々消費者はどうしたら不快な目に遭わずに買い物を済ますことが出来るのか???

 様々な場面で人の能力差に直面し、昔のようなレベルの高い接客をどこでも受けることは不可能になった。

 個人レベルのやる気のなさがそうさせているのかもしれない。

 一生つまらない仕事で人生を終えなければならないとすれば、それもまたやむを得ないことなのかもしれない。

 何とも世の中の残酷な部分を見たような思いがする。

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いつもと違うGW

 我が家はGWにはどこにも出掛けなかった。

 何故ならば、レジャーに使う余分なお金もないし、特にどうしても出掛けたいという欲求もなかったからである。

 連休前半の平日に家族と都心をドライブしたことが娯楽と言えば娯楽だったかも。

 平日の首都高はとても空いていた・・・。

 お台場や副都心の辺りも人の数はまばらだった。

 GW連休中はテレビの民放も殆ど見ることはなかったが、時折、ニュースで高速道路の渋滞放送を見掛けた。

 1000円になった高速道路を使い、安いうどんでも食べに出掛けたのだろうか?

 体力と時間があり余って、普段余り出掛けない人々がそれほど多かったという事なのだろうか?

 その光景は、数年前に見た光景とダブる。

 その時、我々は避暑地へ行くために高速道路のインターチェンジを目指して走っていた。

 いよいよインターチェンジが見えてきた時、恐ろしい光景が目に入った。

 ランプから料金所まで全く動かないぎゅうぎゅう詰めの車の渋滞がそこにあったのだ。

 降りる側がその状態になっていることにすぐ気づき、ほっとはしたが、いざ入り口から高速に入って走った時、またまたもの凄い光景を見た。

 そのインターチェンジを出るために数キロに渡って高速の一車線が大渋滞と言うよりも、駐車状態になっていたのだ・・・。

 あれこそが真の意味の「渋滞」である。

 車の列を見ながら走っていると、車のわきに立つ人々を発見した。

 追突事故だ・・・。

 まさにこれぞ渋滞。

 苛ついた顔の男性を見た。

 私たちの行く方向はスイスイなのに、反対車線には次から次へ車が渋滞目指して走ってきていた。

 あのインターチェンジから降りるまで何時間掛かったのだろう・・・???

 そのインターチェンジの先には河原がある。

 猛暑の夏、人々は安価なレジャーと涼を求めて河原に集まってきていたのだろう。

 それは大変な数だった・・・・・・・・・・・。

 あの時あの渋滞の中にいた人々が取った行動が、今回、GWの高速の渋滞の中にいた人々の行動にダブって見えて仕方がない。

 もがき苦しむような閉塞感。

 欲しくても手に入らないお金。

 それでも人は希望や夢、楽しみを持ちたいのだ。そして、自分が今いる場所から一時避難したいと思うものなのだろう。

 あれほど高速道路が渋滞したのにもかかわらず、世の中は相変わらず停滞し、空気は重苦しい。

 人々は「定額給付金」や「消費税増税」について軽口を叩き、何とか生き抜いていこうと自分を励ましているように見える。

 時に、「政治なんか誰がやっても同じなんだ」なんてうそぶきながら、人々は救いを求めている。

 GW中、16連休を強いられた人(半リストラか)もいると聞くし、各地の高速は渋滞したが、うちの仕事的にはストップすることはなかった。

 例年は電話も全く掛かって来ないGWなのであるが、今年はパラパラと売り上げがあったのがとても不思議な感じがした。

 まるで、GWの渋滞とは別の世界が平行してこの世に存在しているかのような・・・。

 絶望と狂騒と冷静とでも言えば良いのだろうか?

 かつてあったようなGW大連休の国民の一体感はそこにはなかった。

 

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息苦しい・・・

 草薙剛が酔っぱらって裸になって警察に捕まったという。

 その上、家宅捜索までされたのだという。

 やりすぎじゃないだろうか?

 こいつは芸能人だから大麻でもやっているんじゃないか?という憶測に基づいた見込み捜査というのではないだろうか?

 しかも、何も出てこなかったのだから、やりすぎと国民から非難されても当たり前のことだ。

 証拠もなにもなく、ただ憶測だけで、怪しいと思えば逮捕して身柄を拘束し、あわよくば犯罪行為を自供で引き出せるのではないか?家捜しすれば何か出てくるだろう。みたいな捜査が日常茶飯事的に行われているから、今回のようなことになるのだろう。

 この世に長く生きてきて、叩けば埃のでない人間はいない。で動いているのかもしれない。

 少し前では、西松建設の件で小沢氏の秘書が逮捕されたのが記憶に新しい。

 警察で身柄を拘束されるということは、生半可なことではないし、家宅捜索だって半端なことじゃない。

 国家権力により自由が奪われたり、プライバシーが侵害されることなのだから。

 我が身にもしもそのような事が起こったら???と思うと暗澹たる気持ちになる。

 何故ならば、怪しいと思われただけの無辜の人々が酷い目に遭わされ、自供を強要されるということが実際に起こっているし、過去には拷問が行われたという陰惨な歴史がある。

 今だってわからない、というのが率直な気持ちだ。

 やっている組織は昔ながらのものなのだから。

 戦争、敗戦、占領ということがあったから、何もかも一新されて民主主義が日本に根付いたように思われているが、一新されてはいないのが本当のところだ。

 昔、戦争捕虜を働かせていたという会社の子孫が総理大臣をやっていることを見ても明らかだろう。

 景気が下がり、経済がどん底になって、今、いくつもの出来事によって、日本の本当の姿が世間に晒され始めている。

 戦中に行われていた政府による統制経済も、敗戦で終わったと思われてはいたが、実際には日本の資本主義は官僚によってコントロールされている。

 戦後は遠くなったという言葉があったが、それはまやかしで、そう思わされていただけに過ぎず、本当は日本は戦前を引きずっているのだと思う。

 未だにだ。

 だから、国が景気対策の名の下で定額給付金を国民に撒けば、自らボランティアを買って出て「このお金を使うことが国民の義務です!使わない者は非国民です!」と音頭取りをする馬鹿が出てくる。

 そこまでして奴隷になりたいのか?

 年寄りがお金を貯めていることを知れば、国は何としてでも年寄りにその金を吐き出させようと画策する。

 最後には銀行預金、貯金に課税するようになるだろう。

 日本政府は、戦時中に戦闘機を作るため、足りない鉄を国民に供出させたことと全く同じ事をしようとする。

 鉄鍋も、釜も、神社仏閣の鐘さえも差し出させた。

 そんなことを民主主義時代の日本政府が出来ないと高をくくっていると、その人たちは後で泣きを見ることになるだろう。

 政府は国民に合法的に金を吐き出させることは可能だ。

 多数決という民主主義的な手法をとりさえすれば、それが可能になるのだ。

 そのことが現在のアメリカで起こっていることなのかもしれない。

 圧倒的多数の貧乏人の支持を受けて当選を果たしたオバマ大統領は、その大きな人気を武器になんだって出来るだろう。

 貧乏人には巻き上げられる金がないのだから始めから何も傷つかない。

 恐ろしい目に遭わされるのはお金や財産を持っている、普通の市民たちなのだ・・・。

 世界恐慌が起き、世の中にお金が回らなくなった時、ヨーロッパ的な階級的社会主義が世界を席巻する。

 力や心ある小金持ちたちは金を奪われ無力化し、その他大勢の貧乏人と同様奴隷として国家にコントロールされる存在に成り下がる。

 働くのが嫌いな馬鹿な貧乏人たちは、国が自分たちの面倒を見てくれるという案には何も考えずに飛び付くのだから、政府は騙し放題だ。

 肥えるのは支配する側にいる者たちや、天下りで堅く結びついた企業やその仲間たちだけだ。

 何とも重苦しく、息苦しい世の中である。

 この奴隷地獄に陥りたくなければ、絶対に政権交代を実現させなければダメだ。

 この長い戦前から続いてきた陰惨な日本の歴史を、今こそ断ち切るときだ。

 そうしなければ、アメリカ同様、日本人も統制経済や色んな縛りによって、政府や官僚にコネを持たない普通の市民は私有財産さえ持てなくなるかもしれない。

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貯金をする民族

 内需が落ち込み、今、日本政府は景気を上げようと何とか国民に”余分な”お金を使わせようと必死な観がある。

 アテにしている財源は、国民が真面目に働き節約して貯めた虎の子の預貯金である・・・。

 この未曾有の世界的経済危機にありながら、他の国のように日本で大規模な暴動やデモが起きないのは、おそらくはこの国民の虎の子のお陰だろう。

 預貯金がない外国人と違い、日本人には預貯金がある分、失業から即破産、ホームレスになる人間の数はそんなには多くないと言える。

 自分に預貯金がない人でも、親には預貯金がある・・・というのも日本人の豊かさの秘密だろう。

 そのことがあるから、今、見かけ上は日本の景気の悪化が凪いでいるように見えるのだ。

 しかしながら、このように堅実で、我慢を知る日本人であるからこそ、高速道路が1000円になったくらいで容易には財布の紐を緩めたりしないのである・・・。

 そのことを日本国政府は誇りに思うべきだ。

 いざという時に備えて貯金をすることが出来る日本という国は素晴らしい。

 一方で、国の福祉が充実し、高福祉高負担の国がある。

 それらの国は高い税金を国に払うことで、国が国民の福祉を保障するという契約が成り立っているようだ。

 税金が高いので預貯金は出来ずらいしくみだ。

 つまり、自分の安全や保障を国に委譲するという事だ。

 高福祉高負担の国の人々は、そこまで国を信用しているのだろうか?

 とても不思議な気がする。

 私にはそこまで国を信用することは出来ないし、貯金するもしないも個人の自由裁量で決められない国には住みたくない。

 預貯金が出来ないと言うことは、個人が財産を形成することが難しいのではないだろうか?

 非常に社会主義的なものを感じる。

 最近は、自力でお金を稼ぐチャンスが縮小しているせいか、この手の社会主義的な思想に傾倒していく人がチラホラ見受けられるような気がする。

 今の日本を保っている原資になっている「いざというときのために備え、貯金するという習慣・知恵」を軽々しく捨てて良い訳がない。

 国の横暴から身を守るためにも、個人のお金、財産は必要不可欠な物だ。

 お金や財産は武器になるからだ。

 お金や私有財産を持たないと言うことは、イコール、無力であることを意味する。

 丸腰にならないように・・・。

 不確かな時代であればこそ、まず自分の生活を第一に考え、周りに踊らされずに生きることが大事だろう。

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