日記・コラム・つぶやき

クリスマスイブに思う

 とうとう今年のクリスマスイブはケーキも食べず、ご馳走も食べずに終わってしまった。

 クリスマスツリーさえ出さなかった。

 それほどに心が憂鬱で、そのことばかり考えているからなのかもしれない。

 9月に政権交代して、10月から売り上げが下がりだし、11月には想像したこともないくらい売り上げが落ち、鳩山不況の元凶である民主党政権に恨みのような憎しみを抱いた。

 民主党に圧勝をもたらした票を投じた人のことも、正直言うと憎い。

 収入が激減したから、11月は私自身の力で収入を得るために必死で働いた。顔も洗わず、化粧もせず、寝る間も惜しんで机に向かった。

 化粧とか家の掃除とか、そんなものはどうでも良かったのだ。

 去年のサブプライムの時から下地を作っておいて良かった。

 私が得たお金は、正に生活費の足しとなった。

 才能と努力、そして何よりも友情が私の収入源のすべてである。

 その延長線上が今なのだから、疲れ切っていて、何をする気も起こらない。

 本業の方は12月に入って売り上げはV字回復した。何よりもほっとした。来年も良い兆しが出ている。

 今は一刻も早く、この忌まわしい年を終わりにしたい。

 いつもよりもずっと早く年末年始の休みを取るつもりだ。

 我が家の売り上げは回復したが、世の中は一層悪い方向へ向かうことは間違いない。

 状況が悪くなればなるほど、生活がキープできる人と出来ない人の差が広がるだろう。

 その差とは、即ち、今ある生活基盤となる。

 今から生活基盤を作らなければならない若い人に、しばらくの間、良い時代はやってこないと想像する。

 また、民主党のある大臣は、予算の掛け替えによって痛みを受ける人が出ることは致し方ないと平然と言った。

 痛みとは即ち、職を失うこと。

 職を失うことは即ち、この世に生きる基盤を失うこと、死んでも致し方がないと言ったのも同然である。

 それは民意で政権交代が起こったのだから、戦争被害がそうであるように、国民はすべて共同責任を負うこととなる。

 我が家には子供がなく、大きな犬が一匹いるだけだから、新しいオモチャとホットケーキで彼は十分に興奮して大喜びしてくれた。

 気楽なものである。

 予算が決まれば、より鮮明になっていくだろう。

 被害が小さくて生き残ることが出来る層と、そうでない層とがくっきり別れる。

 この苦しい時代を、何としてでも生き抜かなければならない。

 鳩山由紀夫の吐き気がするような「死人献金」「巨額脱税」に対する釈明会見を見て、怒りで眠れない国民も、そろそろ覚悟を決めなければならないだろう。

 生き残る道は必ずある。

 どんな悪政が行われても、日本人なら、必ず立ち直ることが出来る。

 あの焼け野原を世界第二位の経済大国に導いた日本人のDNAがこの世からすべてなくなることは決してない。

 私はそう信じている。

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戦争責任は国民にあり

 政権交代前の異常な熱狂、そして、仕分けという名の公開処刑への高評価、沖縄の普天間基地問題と日米安保条約に対する強硬姿勢・・・。

 民主党という政権はマスコミの力を借りて、国民のストレスを集合させ、もの凄い力に換えている。

 まるで格闘技や古代ローマの野蛮な殺し合いに熱狂する民衆を見ているようだ。

 それがショーではなく、現実社会で起きている。

 これは世界大戦に向かって行った時代、様々な国における国民の心の動き方を見ているかのようだ。

 貧困や不景気に苦しんでいる国民に仮想敵を与え、妬みや憎しみを植え付け、火を付けて煽る。

 「自分たちはこいつらによって搾取されている。殺せ、殺せ、殺せ」と。

 そして、戦争においては、民衆は武器を持ち、実際に人殺しや略奪に走る。

 熱狂した国民はもはや自分たちが信じたいもの、即ち、勝ち戦しか信じなくなる。

 そして、戦争が終わると、一斉に戦犯捜しを始め、自分たちは被害者面をする。

 自分たちがそのおぞましい戦争の責任から逃れるために、人々は個人に戦争責任を付して処刑を求める。

 そして、国民は「自分たちは被害者である」と主張し続ける。

 被害者という言葉は便利な言葉だ。

 先の小泉政権では、「自己責任」という言葉がネットや活字、テレビで踊った。

 国民は「自己責任」を否定することで「被害者」の座を手に入れた。

 しかしながら、一人一人の国民は、この国の国民であることから逃れることは出来ない。

 時の指導者やマスメディアに扇動され、進んで戦争に突き進んで行った国民の多くが命を落とした歴史がそれを証明する。

 国民に選ばれた政権が政治を動かすのだから、国民はその責任から逃れることは出来ない。

 その責任を重く感じ、誤った方向に行ったのならば、国民自ら正しい道へ進むことが必要だ。

 それが民主主義だ。

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冬には灯油ストーブしかない 化石燃料バンザイ

 ここのところの寒さは酷い。

 窓から冷気が入ってくる。

 しかし、去年、暖房代節約のために窓にプラダンを立てて冷気を部屋に入れないように頑張ったが、余りの結露の激しさに懲りて、今年はプラダンで冷気を遮断するという方法は一切止めにした。

 その代わり、体に近い位置で灯油ストーブ(灯油ファンヒーター)をガンガン焚く・・・という方法を採用。

 去年ほど灯油代が高くないから出来る技かもしれない。

 たまに暑くてフリースのベストや、ニットパーカーを脱ぐほどだ。

 そのくらい体を温めているから、息が凍る廊下に出たり、台所へ行っても大丈夫。

 「あー、サムサムサム」とか言って、暖かい部屋へ戻ってすぐに又体が温まる。

 エアコンの暖房ではこうはいかない。

 特に外気が冷たいと、エアコンの暖房は用をなさない。暖房をしなくなるのだ。

 うちの周りは冬でも陽が出ているとぽかぽかと昼間は暖かいのだが、夜との寒暖の差が激しく、夜はかなり冷え込む。

 そのため、エアコンの暖房は使い物にならない・・・。

 出来れば、寒冷地で使うFF式の灯油ファンヒーターが欲しい。

 灯油の暖房がなければ、寒がりの私は冬を越せない。このことが良くわかった。

 人が過ごす部屋は暖房で暖める。それしかないのだ。

 北国の実家での暮らしを見て、つくづく感じたことだ。

 とにかく、暖房にはお金が掛かると割り切り、その分のお金はケチらないで元気に冬を越したいものである。

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知床旅情

 森繁久弥が96歳で亡くなったという。

 その報道の中で、知床旅情が彼の作詞作曲であったということを知った。

 私は実は北海道の生まれである。幼い頃、何年かを北海道で過ごした。

 知床旅情は父が好きな曲で、テレビから知床旅情の曲が流れてきたとき懐かしい何とも言えない思いがした。

 この頃、北海道時代の事をよく思い出す。

 私の北海道の思い出は、すなわち我が父と母の若い親時代の思い出である。

 父と母がいかに夢と希望に満ち、子供と一緒に未来に向かって歩んでいたか。

 古いアルバムの写真の中で、小さな子供と一緒に写る両親の笑顔を見て容易に想像することが出来る。

 北海道の思い出は、又、昭和の思い出でもある。

 板塀。空き地。材木置き場。そして、土の道路。

 社宅の玄関前のコンクリートのたたきの上に裸足で立っている自分の写真があるのだが、そのコンクリートの冷たい感触を今も私は覚えている。

 それらは現実にそこに存在し、私自身の体験となっているはずなのに今はない。

 今ないものはまるで最初からそこになかったかのように見える。そして、その思い出は夢に似てくる・・・。

 実体がないのだから、記憶がなくなってしまえば消滅するだけだ。

 そのことをこの頃よく考える。

 愛しいもの、懐かしいもの、慣れ親しんだものが、静かに一つずつこの世から消えていくような寂しさを感じる。

 それらのものが全くなくなってしまえば、もはや生きる意味を見いだすことは出来なくなるだろう。

 だから、私は思い出にしがみつく。

 森繁久弥の訃報を受けての森光子がインタビューで見せた、呆然とした狼狽えたような顔が忘れられない。

 今、多くの日本人があんな表情を浮かべて、呆然と立ちつくしているように思えてならない。

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八ッ場ダムに思う

 去年の夏、信州へ行った際、偶然に八ッ場ダムの近くを通った。

 くねくねと延々と続くような山間の道には参った。

 いつになったら嬬恋方面に出られるのか?

 愛犬も落ちつきなく不快な雰囲気だったため、大変に神経を使いボロボロになった道中であった。

 途中、空にそびえるような巨大なコンクリートの建造物があって、本当に本当に驚いた。

 抜けるような青空をバックにして、なんだかとても現実離れした風景だった。

 「なんでこんな山の中にこんなものがあるの?」と最初思った。

 次にそれが道路だと言うことがわかった。

 その時の私たちの結論は、「これは景気が下がって頓挫した工事だろう。こんな高そうな道を作ってキャベツを都会にでも運ぶつもりだったのか?信じられないね。(笑)」みたいな感じだったと思う。

 山深い場所であったことは確かである。

 あそこに到達する道は、くねくねの延々と続く国道しかないのだから。

 私だったら二度とは行かない・・・と思う。

 思えば変な所だった。

 嬬恋に抜ける途中で道の駅みたいな観光客向けのお土産屋があって、お酒を試飲させると宣伝していたから結構楽しみで出掛けたのである。

 場所も国道から外れた所にあって、一回は通り過ぎてしまった・・・。

 そして入ってみれば、「お酒は買う人にしか試飲させません」みたいなケチ臭さ全開の雰囲気で・・・。

 「だったら買わないわ」と思わせるに十分だった。

 どこの田舎の観光地にでもあるような、一回こっきりのお客相手の殿様商売の施設だった。

 このような商売と言うか、あのような施設を作り、愛想のない商売をするばかりでなく、商売のなんたるかを知らない人たちの村であれば、将来道が出来て観光客を誘致したところで長くはもたないだろう・・・。

 その地に国土交通省の前原大臣が出向いたそうである。

 しかしながら、その話し合いの席に地元の町長側は欠席したのだという。

 これは駄目だ。

 首長であるのならば、今後の生活の保障など、代替案を早急に交渉しなければならないだろうに、ゴネれば自分たちの意見が通ると言わんばかりである。

 知事、町長、すべての人たちが後ろしか向かない人種なのだろうか?

 あの人たちは先を見ないのだろうか?国に振り回されたとか言っていて、その又国側が変わってしてしまったということが認識出来ないのだろうか?

 政権交代の意味が全くわかっていない・・・。

 前原大臣を含め政府の役人は、最初、色々迷惑を掛けてすみませんと謝っていたはずだ。

 そこから次の話をしたかったのではないだろうか。村に対する具体的な提案や政策や支援について。 

 現実路線に方向転換をしなければならないのは大臣ではない。

 ダム建設予定地の人たちの方である・・・。

 そのことを早く見切らないと、結局は大損することにならないかと老婆心ながら心配している。

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暗い時代 -- 酒井法子逮捕に思う

 酒井法子が覚醒剤所持で逮捕された事件は衝撃的だった。

 のりPと言えば一世を風靡したアイドルであり、今も一線で働いている芸能人である。

 そういう女性がこれまで覚醒剤所持で逮捕だれたことがあったろうか?

 実父は中央高速で事故死、母とは離婚により生き別れに、弟は暴力団組員だと言う・・・。

 芸能人がろくな家の出じゃないのは周知の事実であるが、正に絵に描いたような芸能人の家ではないか。

 ずっと祖先を遡っても、平凡な暖かい家族には行き着かない家系なのかもしれない。

 芸能人とは、それらの陰の部分を笑顔で隠し、隠し続けて輝くことで庶民に夢を与える存在であるはずだ。

 その化けの皮が一気に剥がれ落ち、あろうことか警察沙汰→逃亡→逮捕という最悪の形で日本中に晒されることとなってしまった。

 しかも覚醒剤常用者、シャブ中としてだ。

 警察に捕まり、身体検査を受け、取り調べを受ける。

 芸能人という特別な存在から、又別な意味での特別な存在に落ちる。

 或いは、本来の場所に戻るだけなのか・・・。

 一連の酒井法子の逃亡劇に腹を立てている人も多いが、私は暗く沈んだ気持ちに陥っている。

 綺麗なもの、愛らしいもの、人を惹きつけるもの、それらの裏側にある外見とは無関係な底知れぬ暗さを見せられたような気がする。

 その酒井法子が裁判員制度のビデオに出ていたことが、暗さに拍車を掛けている。

 地デジも、そして裁判員制度も芸能人でミソがついた。

 ファミリーカーのCMもやっていたそうだ。

 芸能人はテレビや娯楽の仕事だけでなく、CM出演であらゆる産業に影響を与えている。

 それだけに不祥事が出れば、各方面に与える損害は少なくないだろう。

 それ以上に、人々に与える影響は計り知れない。

 特に裁判員制度は政府が依頼した仕事ではなかったのか?

 ノリピーがシャブ中なのは隠すことが出来たとしても、実弟が犯罪組織である暴力団の組員であったことは調べればわかったことなのではないだろうか?

 普通のタレント活動とは違う一線を画すべきもの、出演者の選別には厳正な審査が必要であるべきものという認識が政府にはなかったのではないだろうか。

 

 何をやっても裏目に出る。

 その負のサイクルに日本全体がはまっているかのようだ。

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エアコンなしの夏

 我が家のお犬様の健康のため、今年の夏はエアコンの使用は控えることにした。

 どうするかと言うと、窓を開けて風で涼を取る。それだけである。

 今のところ、なんとか頑張っている。

 が、昨日はそのお犬様がハァハァと苦しげに見え、とうとうエアコンを作動させた・・・。

 と言っても健康のため、窓は開けたまま。

 人間だったら耐えられる程度の暑さだったので、時々エアコンの冷風を感じるように配慮した。

 思えば冷蔵庫と親に揶揄される我が家の冷房事情は冷え冷えが普通で、夏、愛犬がハァハァしているところを見ることは殆どなかった・・・。

 湿度の高い日でも、夜はまるで高原のよう。

 冷たい風が部屋に入ってくる。

 周りに家がないせいで、風の音、風に揺れる葉の音、それ以外には池の水音だけが聞こえる。

 ヒートアイランド現象とも全く無縁の世界である。

 まさにCool Summer Night!!!

 今まで長い年月、自然を遮断して暮らして来たことが嘘のよう・・・。

 夏の夜に包まれ、本当に幸せだ。

 とは言っても、盆地のような地形の我が家だ。

 これから本格的に30度オーバーのカンカン照りの日が来れば、エアコンなしではやってられない。

 断熱材のない古い家でもあるし、二階は40度にもなる。

 そして、又、風が全くない暑い夜はさすがに厳しいものがある。

 今のところは、夜、窓を閉めて寝ていても暑くて寝苦しいことはなかった。

 エアコンなしでも案外平気なものである。

 本当に暑い日は何十日もないはずだから、今年の夏は電気代がかなり節約できるはず!!

 結構期待している。

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蛍狩り

 私の近所には蛍が出現する場所があって、そこには夜、近所の巨大な住宅団地からだと思うが、人がやって来るという話だ。

 何故人が来るのか?

 一つは口コミ。

 もう一つは、テレビの影響である。

 テレビに取り上げてしまえば、そこはもう秘密の穴場ではあり得なくなる。

 そして又、秘密の穴場だった時に来たのとは違う種類の人間達が訪れるようになる。

 これは近所の人にとって痛い話だ。

 家に狭い庭があったり、あるいはなかったりする住宅地の人々は、自然と離れて暮らしているためか、自然に反した行動を取る傾向だ。

 蛍が飛ぶのを見るだけでなく、取って持ち帰ってしまうのだそうだ。

 なんと可哀想な・・・。

 蛍が生息している場所には家は殆どなく、夜、白い光を放って飛ぶ蛍にとって楽園であったはずだ。

 人がそばにいても楽しげに飛んでいるようにも見えた。

 自分たちが狭い場所に閉じこめられて暮らしているからこそ、自由に飛翔するものに惹かれるのではないだろうか?

 アスファルトに囲まれた住宅地に持ち帰られた蛍は子孫を残すことはないだろう。

 このままでは蛍は減る一方だろう。

 ご近所さんで蛍を復活させようというテレビ局が用意した企画によって振り回され、その周りで蛍は乱獲され減っていくとは皮肉な、しかしながら、想定内の話である。

 これで蛍がいなくなれば、もう人も来なくなり、それはそれで良いのかもしれないとさえ思う。

 そういう私は、夜中、誰もいなくなったところで、こっそりと蛍を見に行く贅沢を味わう。

 大きな雨、台風があれば、蛍は簡単にいなくなってしまう。

 はかなく、美しい生き物なのだ・・・。

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スズメや野鳥の運命は・・・

 前にテレビでスズメが激減しているという話を聞いた。

 それから注意してみると、家の周りにスズメどころか鳩や野鳥も減っているような気がする。

 我が家の周りは雑木林で、一般的な日本人が見たら山の中の一軒家、緑に囲まれた一軒家だと表現するかも知れない。

 当然、色んな野鳥が住み、今頃の朝はピピピピピピピという野鳥のさえずりが響き、大変、大変、すばらしい環境なのだ。

 あの小鳥のさえずりは、何とも耳に心地良い。

 10年くらい前は、庭を鳩が歩き回っていたり、電線に何羽ものスズメが止まっていたものだが、最近は鳩やスズメを襲ったと思われるカラスさえ少なくなってしまっている。

 この変化は悲しい。

 不景気だったこともあり、生活に追われ、小鳥の存在を気に掛けることなく年月は流れ、こんな悲しい変化が身の回りに起こっていたとは・・・。

 我が家の周りにはキツツキも来れば、フクロウも来る。

 最近では狸のつがいが庭を歩いていたということもある。

 小鳥が少なくなってしまったのは悲しいことだ。

 先日、二階にいると木の枝が折れるような音が聞こえてきたので、誰かいるのかと思って窓に近づくと音が止まった。

 窓を開けてみると、ガサガサと木から音が聞こえてくる。

 じっと待っていたら、大きめの可愛い野鳥の姿を見ることが出来た。

 「モズかな?」と思ったが、近くに住む人いわく外来種の鳥らしい。

 それらの鳥が日本の在来種を駆逐してしまう・・・のだと言う・・・。

 そういえば、朝方、南国のジャングルを思わせるような、不思議な鳴き声をする鳥がいるのであるが、それがこの可愛い鳥なのではないか?という話だった。

 それだけではない。

 最近、とても腹立たしいことがあったという。

 朝方、どこから来たのか、見知らぬ男が二人、裏山に入って行こうとしていたというのだ。

 「野鳥捕り」だ。

 野鳥は保護されているのだから、もちろん違法行為である。

 高齢の叔母が声を掛け、110番したところ、二人は逃げていったという・・・。

 経済が縮小し、人間が食えなくなり、鳥たちも食うに困る時代になったのだろうか。

 ゴミの集積所で餌をあされなくなったカラスはスズメや鳩、野鳥を食らい、小さな鳥たちはこの世から消えていく。

 この楽園のような環境も、少しずつ脅かされていくような何とも嫌な気持ちになった。

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チープトリックの武道館ライブに思う

 夕べ、とても懐かしい好きな曲を聴いた。

 あるテレビ番組(もう内容も忘れた)のBGMでその曲が流れていたのだ。

 好きだと言うだけで曲名もバンド名もわからず、早すぎて英語の詩も上手く聞き取れず、ネットで探しても探し出すことは出来ずに終わった。

 このまま再び記憶の底に沈んでしまう前になんとかしなければ・・・と思っていると、今夕、あるCMでその曲は流れてきた・・・。

 CMの内容がわかれば、そのBGMはネットで検索すればわかるのがインターネットの良いところだ。

 検索を掛けると簡単に曲名はわかった。

 Cheap Trick の I want you to want meだった。

 出だしはI want youであるのに、私のヒアリング能力の欠如は凄まじく、I love youだと思っていたからどうしようもない・・・。

 さっそくYou Tubeで検索を掛けて、確認してみることにした。

 あら、懐かしや、懐かしや、それはまさしくチープトリックの大ヒット曲であった。

 You Tubeで再生されていたのは、チープトリックの武道館ライブの模様であった。

 若い女性達のキャーキャーいう歓声と熱狂、そして、絵に描いたような格好良い外タレバンドの演奏に、めくるめくような歓喜と陶酔を一瞬共有したような錯覚を覚えた。

 丁度、私がティーンだった頃の話だ。

 そういえば、ふわふわの長髪ブロンドの外人男児がギターを抱えて歌ったり、プロレスをやっていた時代であったなぁ・・・。

 あの頃は外タレが日本にやってきてはブレークしていた時代で、この私も、デビッドボウイが死ぬ前に一度はコンサートへ行きたいと夢見ていた時代でもある。

 洋楽専門の雑誌をよく買っていたものだ・・・。

 You Tubeに残されたチープトリックの武道館ライブの映像は、年を取り中年となった私の胸に熱く迫る物があった。

 今、この日本に欠けているものは、あの「熱狂」と「情熱」だ。

 感情と感動が情熱を呼び、爆発的な行動力を生んだ時代だ。

 それがあの靖国神社、千鳥ヶ淵近くの武道館を舞台にしていたというのも感慨深いものがある。

 20代の私が夢を叶え、見に行ったデビッドボウイのコンサート会場は武道館ではなく、ビッグエッグであった・・・。

 あの頃の日本人は大人も若者も生き生きと輝き、情熱に取り付かれ、好きなもの、心動かされるものを追いかけ回していたような気がする。

 素直に輝ける未来を信じて。

 それを今の若い人たちに求めようとは思わない。

 今と昔では若い人たちを取り巻く環境はガラッと変わってしまっているからだ。

 それが何とも悲しく、悔しい。

 あの武道館でキャーキャー叫んでいた女の子達は、今もその思い出を胸の奥に大事に抱えて生きていることだろう。

 一度でも輝きを経験した人間は、それを経験したことのない人間とは違うオーラを放つものだ。

 若くて元気ではつらつと輝いた日本の女の子、男の子達、ワーカホリックと呼ばれた日本人勤労者達を懐かしく、愛おしく思う。

 その情熱は宝物だ。

 何故ならば、すべての人間に与えられるものではないから。

 死ぬまで持ち続け、大事にしようね。

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