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オバマ大統領のお辞儀問題

 アメリカでオバマ大統領の天皇陛下に対するお辞儀が物議を醸しているという・・・。

 私のアメリカ人の友だちは殆どが保守派である。

 矢張り、オバマ大統領に対して怒っていた。

 私もちょっと頭を下げすぎ・・・かな?と思った。そこまでしなくても・・・と。

 国力で比べれば、アメリカは日本よりも格上の国である。

 格上の国が格下の国の天皇に対して、殆ど直角にまで頭を下げるのはどうなのかな?と思う。

 お辞儀をあれよりもやや少し上の位置で留めておけば、見た目も違和感がなかったことだろう。

 一国の大統領であれば、対相手国とその国民のことよりも、自分の国や国民のことを一番に考えるべきである。

 自分の国の国民が不快だと思う行動は慎むべきである・・・。

 アメリカ人の友だちはそういう考えだった。

 アメリカの保守派が今置かれている状況は、私などが今日本で直面している状況と非常に似ていて、その事が何を意味するのか余り考えたくない気分である。

 不景気が世界を席巻し、それをもたらした根本のものはなくならず、その底辺に落ちている沢山の人々を救うという大義名分がまかり通り、中にいる一生懸命真面目に働いてそこそこ財を築いていた人々が搾取され割を食う時代・・・。

 いつの間にこんな時代になってしまったのだろうか?

 自分たちが生きてきた国の根幹部分が別のものに置き換わっていくような危機感をよその国の保守系の人たちと分け合い、自国の人々が別の国の人々のように思える違和感、疎外感。

 保守派はタカ派とか右翼とか呼ばれて追いやられるが、今の流れの先にあるものこそ、どん詰まりであり、悲劇的な結末なのではないだろうか・・・?

 とかく極端な過激派のように言われがちな、アメリカ保守派であるが、本当に普通の人たちである。

 アメリカの根幹を成してきた進歩的でもエキセントリックでもない、普通の考え方をする中流層なのだと思う。

 それらの普通の人々や普通の人々の暮らしや文化が消えていく運命であるとすれば、その損失は計り知れない。

 それは日本も同じ事である。

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大手流通の動き方に市場独占の激化を予測する

 ローソンとマツキヨが提携するというニュースがあった。

 これで、一部(主要な)医薬品のネット販売規制の背景にあったものが表に出た形だ。

 ネットでの家庭薬の販売を阻みたかったは、コンビニで薬を売りたかった大手流通であったということになる。

 これでは楽天などのネットの業界は太刀打ちできなかっただろう、と思う。

 そして、更に大手流通の市場支配が進むことになる。

 イオンやイトーヨーカドーに代表されるような大手流通がメーカーを凌駕し、商品の販売価格を決めていく。

 メーカーは大手流通の望むままの、コスト至上主義の商品を作り続けることとなる。

 コンビニではコンビニが売りたい商品だけが棚に並び、知らず知らずの内に消費者からは幅広い選択の自由は奪われていく。

 大手流通やメーカー同士の提携、合併が進めば進むほどこの傾向は顕著になっていく。

 そして、庶民は益々与えられた物しか手に入れられなくなる。

 大手流通の市販薬のプライベートブランド化は一種の貧困ビジネスと言えるだろう。

 健康保険を払えなくなり、医者に掛かれなくなった庶民達でも市販薬なら買う。

 その市場を逃す手はない・・・。

 これから政権交代が起こるかも知れないと言われているが、人々を取り巻く状況から読み取れるのは、ますますの大手流通の市場独占社会の到来である。

 市販薬で事足りるのなら、何故健康保険料を払ってまで医者に掛かる必要があるだろう?

 流通各社はいち早く貧する人々のニーズに応えようとしている。

 そして、又、小さくなったパイを大手が丸飲みしようとしている。

 パイを奪い合う競争相手は完膚なまでに叩き潰されるか、アメーバのように同化されていく。

 小規模の薬局は潰れていく運命だ。唯一の将来性であったはずのネットでの販売の道も断たれた・・・。

 車を持てる人が減り、大規模な郊外型店舗に行き詰まりを感じた大手流通は、市街地に点在し、人々の徒歩圏内、自転車圏内に店を構えるコンビニで物を売る方向へシフトした。

 市場がある所に触手を伸ばし進出しその市場を独占し、そこに利がなくなれば撤退し別の方向へ移る。

 彼らが撤退した後には何が残るのだろう?そこで働いていた人々は失業し、そこで買い物をしていた人は物が買えなくなる。

 これらのモラルなき市場独占の流通の動き方によって、一番損をしているのは国民ではないだろうか?

 大手流通の動き方によって、急激に国民の生活は型にはめられていく。

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オバマジョリティって?

 広島の原爆記念日のニュースを見た。

 広島は核廃絶のメッセージを「オバマジョリティ」という言葉に乗せて発信するそうだ。

 オバマジョリティとは、アメリカのオバマとマジョリティをつなげて作った造語である。

 いつからオバマや核廃絶が世界のマジョリティになったのかは知らない。

 そのためなのか、このニュースを聞いて違和感を感じた。

 第二次世界大戦中、広島はアメリカ軍によって原爆投下されたのではなかったか?

 それによって現在までも続く大きな苦しみを負わされたのではなかったのか?

 アメリカは戦勝国で日本は敗戦国。

 アメリカは原爆の加害国で日本は被害国だ。

 その立場の違いをわかるのなら、オバマジョリティなどという軽い言葉で核廃絶を世界に訴えることなど到底出来ないだろう。

 日本はアメリカによって徹底的に叩きのめされ、焼土と化した歴史を背負っている。

 原爆投下をアメリカの大多数の国民は「正しかった」と思っているという。

 私の知り合いのアメリカ人も同じ意見だった。

 しかも、そのアメリカは核を放棄してはいないのだ。

 自分は核を持ち続け、他国には核廃絶を訴えている。

 それがアメリカがやっていることで、オバマはそのアメリカの大統領なのだ。

 これでは広島の原爆の悲劇が年を追うごとに風化していくのも当たり前だ。

 広島自らがその道を歩んでいるのだからどうにもならない。

 日本は世界の唯一の核被爆国だ。その思いを他国と共有することはあり得ない。

 この苦しみは日本だけのものだからだ。

 そのことを日本は静かにそして地味に真面目に訴え続けることしか出来ないと思う。

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松村邦洋の心筋梗塞について思う

 3月22日に行われた東京マラソンで、タレントの松村邦洋さんが心筋梗塞で倒れたという。

 意識不明の重体であるということだ。

 彼はテレビの仕事でフルマラソンを引き受けたのだろうか?

 事前にトレーニングをしていようがいまいが、糖尿病歴が長くなれば合併症が発症することは冷徹な事実である。

 心筋梗塞はその中でも重篤な合併症だ。

 私の周りを見ても、一回で亡くなるケースは少ないが、血管や心臓の機能が元に戻るケースは殆どないので、その後何回かの発作が起きれば亡くなる・・・と本人は思っているかどうか解らないが、少なくとも周りはそう見ている。

 糖尿から失明、人工透析、四肢の切断、などがあったとしても驚くには値しない。

 それは私の周りに何人かのサンプルがあるからなのかもしれない。

 一番不思議なのは、本人がどうにもならない状態(人工透析や失明、切断、心筋梗塞など)になるまで、殆ど楽観的でいられるということだ。

 健康に気を遣って生きている人間には全く理解できない生き方だ。

 人工透析が必要になったら、人工透析を受ければ良いじゃん!という簡単な話では決してない。

 だが、実際には、指が壊死して切断しても、人工透析生活がスタートしても、足が不自由になっても、普通に?人間は生きられるものだ。

 内面の葛藤は表からは知るよしもないのだが、それで食生活が改善されたという話は聞かない。

 カテーテルの手術は辛くはないのだろうか?

 透析のために皮膚に針を刺すことは痛くはないのだろうか?

 人生に絶望や不安を感じることはないのだろうか?

 苦しいことや深刻なことは何も考えず、好きな物を食すことで気を紛らわせ、日々の仕事に忙殺され、仕事中に命を落とせば精神的には楽な死に方なのだろうか?

 人々はある程度生き方の選択が出来るはずだ。

 金のために健康や肉体を削るような生き方は見ていて辛い。

 不健康に太った糖尿病の病人をフルマラソンに出すこと自体、醜悪で残酷な殺人ショーのようだ。

 何故それが許されたのか、誰がOKを出したのか、今のところ誰も追求する者はいない。

 国を挙げてメタボ健診なるものを推進して、国民の健康意識を高めている最中、こんな愚挙が許されるのだろうか?

 しかも、今回の東京マラソンは、東京オリンピック誘致の協賛イベントの色が濃かったのではないか?

 そのイベントでタレントやアナウンサーを使い、健康をアピールするどころか、業界や国、都、すべてを含めて金や利権にからむ矛盾を露呈した。

 本来なら、糖尿病に対する警鐘を鳴らすべき事件なのに、それをやってしまっては、外食産業、加工食品業界、嗜好品の業界、お菓子の業界、すべてが損害を被ることになるということはあるかもしれない。

 ラーメン一気食い。

 常軌を逸したような大食い。

 高脂血症を助長するような食べ物の氾濫。

 金のためには何でもするという業界の体質。

 今回の事件は、起こるべくして起きたと言って良いだろう。

 糖尿病の患者の増加は止まらず、一方で、透析をする病院は減る傾向にあるという。

 それがこの先何を意味するのか?

 日本は、死にそうな国民を見殺しにしたり、見せ物にしたりする、そんな国になってはいけない。

 

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医薬品の通信販売の大幅規制強化とは?

 2009年の6月に医薬品の通信販売に関する規制強化が施行されるという。

 官による自由経済への妨害行為とも言えるような信じられない暴挙である。

 何故規制されなければならないのか?

 それは、医薬品を含むすべての「通販」に対する既存の販売形態の宣戦布告と呼んでも良いかもしれない。

 既存の販売形態とは、店舗を持ち、そこで物を売ることを言う。

 薬屋ならマツモトキヨシ、サンドラッグなどが大きいところだろう。

 それらの店舗は大きいが故に、小規模な店がコストをかけず通販で安い値段の薬を売るような芸当は出来ない。

 どうしても場所代、建物代が薬の値段に乗ってしまうからだ。

 元手をかけずにぼろ儲け、みたいな通販の形態が憎くて憎くてたまらないのだろう。

 消費者はネットを使って一番安い値段で薬を買うことが可能だ。

 そのとき、売っているお店の地域や建物などは殆ど関係ない。

 この規制強化が行われれば、(多分、行われる)消費者は、この「一番安い薬を買う権利」を奪われることになる。

 病院の薬局で処方するような薬が通販で買えないというなら話はわかるが、一般的な風邪薬が通販で買えないというのはどうも解せない。

 病院でしか買えない、処方箋がなければ買えない薬も、処方箋のコピーを提示すれば通販で買えないというのもおかしな話だ。

 身分を証明できればまかり通る世の中なのに、薬品だけが別というのはおかしな話だ。

 それが証拠に、店舗を持つ一般的な薬屋で処方箋の薬が買えるのだから。

 こちらは以前に規制緩和されている。

 規制緩和、規制強化、どちらも店舗で対面販売をする薬屋に有利になる話であることが実に興味深い。

 更に、驚くべき事は、特定の条件を満たせば、コンビニでも風邪薬などを販売できるという話も同時に出ているのだ。

 どの場合でも、私のような一般消費者は蚊帳の外で、法案が決まってから知らされることが殆どではないか?

 そのことによって侵害を受けるはずの消費者の権利は考慮されることはない。

 一部の薬害被害者とか一部の薬屋の団体とか、コンビニとか製薬会社とか、国会議員に接点のある人々だけが何らかの恩恵を受けられるって、可笑しくないだろうか?

 楽天に集まってきて薬を安く提供している薬局は地方の小規模な薬局であることが多い。

 私が以前風邪薬を購入した薬局は九州であった。

 それは、地方の小規模な薬局が通販と言う販売形態を採ることで初めて可能になる取引ではないか?

 地方再生とか口では美味いことを言いながら、通販という販路を潰すことでビジネスチャンスを奪う。

 それが国が大きな販売団体と結託して行っていることなのだ。

 ネットの通信販売は又、新聞やテレビという既存の広告媒体を経由しないで商売をしている性質上、マスコミなどのバックアップもなきに等しい。

 広告主でもないネットのショッピングモールをサポートする理由などないからだ。

 それよりなにより、一般消費者の選択の自由や権利を奪い、特定の者だけが利益をむさぼる。

 こんなことがまかり通る日本であってはならない。

 内需の拡大を声高に叫びながら、やっていることは国内の自由市場経済に対する妨害そのものだ。

 既得権益だけがいつまでも得をし、新興の力のない者は、市場から追い出される。

 初期投資が少なく始められるネットビジネスに国の規制が入ったということは、初期投資に大金を掛けられる、一部の人間だけがビジネスをスタートさせることが出来る、という事にならないだろうか。

 これは自由経済、民主主義、すべてを否定している。

 争うパイの面積が小さくなればなるほど、このような醜い横暴な、到底納得できないような悪質な規制強化、おかなしな規制緩和が行われるのだろうか。

 どうすれば、このような世界に終止符を打てるだろうか?

 選挙で政権が変われば、変わるのだろうか?

 変わるのもなら変わって欲しい。変わらなければならないだろう。

 官が民をがんじがらめに規制し、思う通りにコントロールし、一般の国民を飼い慣らされた家畜のような存在におとしめることを決して許すことは出来ない。

 

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厚生労働省元官僚連続襲撃事件

 昨日、元官僚の家が襲撃されたという。

 内、二名は命を奪われ、一名は重傷だという話だ・・・。

 そのニュースが流れて日本国内は異様な空気が流れた、ような気がする。

 秋葉原で無差別テロが起きた時とは全く異質なものだ。

 あの時は何の罪もない人々がただそこにいただけで凶行に遭い、怪我をしたり命を落とした。

 自分も被害に遭っていたかも知れないと多くの国民は感じたことだろう。

 あれから、日本人は鈍感になったのか?

 それとも・・・?

 今回、憂うことがあるとすれば、この国民の反応の冷たさだろう。

 年金関連で先頭に立った元官僚達が命を狙われる。

 そのことに対して、「何故だ!?」と真から疑問を抱ける国民など日本には存在しないだろう。

 年金に絡む公務員の不祥事や不手際、誠意のなさ、何をやっても罰せられることがほとんどない公務員の待遇・・・。

 それらが明るみに出れば出るほど、国民の怒りややりきれなさはもう飽和状態に達している。

 多くの国民にとっては、元官僚が数人襲われ命を落としたからといって、自分たちの生活には全く響かないし、「へぇ~怖いね」とテレビを見る程度だろう。

 年の瀬が迫るにつれ、日本の深刻な不況は容赦なく形を表し、多くの国民に絶望感を与えることだろう。

 その時、もしかしたら、自分が誰かの凶行に遭うかもしれない・・・。

 どうだって良いから凶行に走り、どうだって良いから人の痛みにも鈍感になっていく。

 今はそんな時代のようだ。

 とても悲しいことである。

 いつになったら世の中が良い方へ向かうのだろう?

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大麻に逃げる若者達

 このところ、大麻で捕まる学生が後を絶たない。

 有名大と呼ばれるところの学生が多いような気がする。

 何のことはない、自称インテリの学生達が金欲しさに犯罪に手を染めているということだろう。

 「俺らは頭が良いから、賢くサイドビジネスで金を稼ぐ」

 こんな考え方をする若者は昔から存在した。

 楽して金儲け。

 頭を使って金儲け。

 それはいつの時代でも若者の憧れである。

 こんな若者のお金に対する渇望は、大人の目から見ると痛々しく悲しい・・・。

 大学とは多くの若者にとって、初めて貧富の差を目の当たりし、体感する場所となることだろう。

 生まれが金持ちかそうでないかの差を思い知る。

 そして、汗水流し愚直に働いて生き、小銭を数えて暮らすような親の生き方を憎み、ひたすらに一発逆転を望む。

 大学生に詐欺に遭う者や、この手の犯罪に関わる者が多いのはそんな理由によるだろう。

 通常、若い人とは大体、16歳から20代くらいまでのことを言うと思う。

 一生に於いて本当にわずかな期間である。

 本来なら若木のように生き生きと光り輝いてなければいけない年代なのに。

 貧富の差は厳しい現実だ。

 そこから逃れることは誰にも出来ない。

 それならば、親も周りの人間も世間も今あるような拝金主義以上の価値観や生き方を、若者に提示しなければならないのではないだろうか?

 今世界がそのお金で大変なことになっている。

 金融至上主義が子供や若者達に悪い影響を与えている部分も大きいと思う。

 大人はもっと自分たちの地道な生き方に自信を持ち、胸を張って生きるべきだ。

 そのことが若者を助けるはずだ。

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さらば小泉純一郎

 9月25日付で、思いがけないニュースがテレビに流れた。

 あの小泉純一郎氏が政界を引退するのだという・・・。

 ついに自らドロ船からの脱出を決めたのか。

 何にしろ、実に気分の良い知らせだった。

 これは国民にとって、一つの勝利かもしれない。

 小泉氏を信じて自民党に一票を投じて、自分たちが一体どのような目に遭わされたことか・・・。

 人によっては耐えられないほどの痛みを与えられ、国内の経済は見るも無惨なほどに衰退し、日本は日本でなくなってしまった。

 その事に気づいた国民は、声をあげた。

 「苦しい、助けて。こんなに痛いとは思わなかった」そして、「小泉自民党に騙された」と・・・。

 その声はインターネットやあらゆる通信手段、伝達手段を通じて日本中に広がった。

 まるで日本人の心の叫びがお互いに呼び寄せ合い、共鳴し合うように。

 その結果、先の参議院選挙で自民党は議席を失い、国会にねじれが生まれた。

 それら一連の出来事を自民党の人たちはどう思っているのだろう?

 人には魂があり、その気持ちには力がある。

 政治家はそれを舐めてはいけない。

 日本人はもう理不尽な我慢や痛みを押しつけられるのはご免なのだ。

 この先、待っているのは総選挙という、今日本で生きている日本人にとって避けて通ることは許されない正念場だ。

 潮目は変わっている。

 引き続き強い精神を持ち続け、政治から目を離さないことだ。

 そして、選挙で自分の一票を行使すべきだ。

 夕べはお祝いに美味しい牛肉を焼いて食べた。

 小泉氏が引退を週末に向けて発表してくれたお陰で、今週末は祝福ムードで国民の財布の紐がゆるみ、消費が伸びるかもしれない。

 その点は評価に値する。

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あんことかお米とか・・・

 本日付で、おかしな臭いのする中国産のあんこを不審がり、味見した和菓子屋の従業員がその後嘔吐をしたというニュースがあった。朝日新聞

 ちょっとショックだった。

 大分前の話だが、自家製のデザート作りのため、あんこを購入する際、値段の安さから中国産のあんこを買うかどうか相当迷った記憶がある。

 結局、数百円の差だからと自分を納得させ、国産のあんこを買ったのであるが。

 お金のない時に、まさに断腸の思いがした・・・。

 そんな思いをして国産のあんこを手に入れて食べていても、ついうっかり「あんパン」などをスーパーで買ってしまったら意味がないのかもしれない。

 一個100円とか、5個で200円に満たない値段のあんぱんに国産のあんこが使用されているとは考えにくい。

 老舗のあんパン屋さんだったら違うかも知れないが。

 今は何でもコストありきで物が動いている。

 町のパン屋さんだってわからない。

 小麦粉が値上がり、米粉を使うようになったと聞くが、米粉では足りないしっとり感を出すために、小麦粉には必要なかった添加物(安価なラードなど)を入れているという。

 パンが値上がったという割に、タイムサービスなどの時間帯は前と同じくらいの値段でパンが売っていたりする。

 値上がり分を加算してはパンが売れないから、人智を尽くしてコストを削っている・・・のだろう。

 その人智の部分に、モラルがあるかないかは消費者には計りようがない。

 美味しいパンを食べて楽しいはずが、まるで期限切れの食品をおっかなビックリ食べるようにパンを食べなければならなくなった。

 その前に起きた「事故米騒動」には、はらわたが煮えくりかえる。

 太田農水相が辞職したそうだが、被害はまだまだ広がり続けるだろう。

 農水省という組織の底知れぬモラルの欠如に怒りを感じる。

 工業用糊の原料として使うという名目の事故米は、実は工業用糊には使われることはなかった。

 なぜならば、工業用糊の原料として「米」を使っている業者は日本にはいないからだ。

 その事が報道されたとき、「また役人の数字合わせか」と思った。

 日本の役人は数字を合わせさえすれば職務を全うすることが出来るらしい。

 車や工業製品などを思う存分輸出する見返りに、ウルグアイラウンドであてがわれた量の輸入米を入れる。

 米は余るし、農薬まみれであったりしてまともな売り物にはならない。

 それを捨てていることが国民にバレてはマズイと判断したのだろう。

 国内で厳しく減反を進めておきながら、米が余っていることが明るみに出ては国民の反発は免れないからだ。

 それに加えて、少しでも儲けたい。

 少しでも儲けたい役人と、それを元手にボロく儲けたい業者の利害が一致して、この事故米処理のシステムができあがったのだと思う。

 食用に転用されることは想定内だ。

 米を食品として売るから儲かるのであって、売る先のない工業用米という偽りの名目を考え出したのは役人か?

 いや、システム自体、考え出したのは役人だと考えるのが自然だろう。

 八方丸く収まるシステムだ、事故米を知らずに買わされた業者や、消費者という名の国民を除いては。

 役人たちは自分たちの処理能力の高さに酔いしれたことだろう。

 これと同じようなシステムが、日本のあらゆる業界に存在していると私は思う。

 それはまるで血管のように。

 国民の血税で買われた物を元手に特定の人間が金儲けをし、その見返りは役人に返る。

 国民は税金を吸い上げられた挙げ句に、とんでもないC級以下の食品を知らずに買わされ、食べさせられるのだ。

 輸出産業を守るために国民の血税で不要な輸入米を買っても、その大企業は国民に正規社員としての雇用の機会も与えてはくれず、反対に派遣労働者として国民を奴隷のように使う始末だ。

 そして、日本人は身の丈に合った暮らしをしろ、日本の人件費は高いとうそぶく。

 何のための政策か?

 このシステムを作り直すこと・・・、それは果たして可能なのだろうか?

 才能ある外科医が考え出した手術の方法のように、日本という本体を殺さずに、バイパス手術する術はあるのだろうか?

 激しい怒りとやりきれなさを感じた。

 もうすぐ選挙だ。

 新しい政権が生まれるのであれば、役人主導のすべての悪を洗いざらい白日の下にさらして欲しい。

 新しく生まれる政権に願い事が一つ増えた。

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水没事故

 今月16日、栃木県鹿沼市で大雨で冠水した道路で軽自動車が水没し、乗っていた女性が溺死するという悲惨な出来事があった。

 この頃は、突然集中的に豪雨がある。

 夏休み中に嬬恋あたりを走っていたときにも突然雷雨となり、道路よりも一段低くなっている一軒の家の周りは水浸しで床下に水が達しそうな勢いだった。

 道路に水が来ないか気が気ではなかった。

 夏休みに田舎へ行くのも考え物だなと思う一因ともなる出来事だった。

 幸い我が家は高い位置にあり、首都であるということもあり、家の周りの道路はほぼ整備されていると言っても良い。

 それでも水が貯まる場所というのがあるし、大雨が降ると山から勢いよく水が流れてくる場所もある。

 大雨の時にマンホールから勢いよく水が噴き出すのを見たこともある。

 そこに自分の家が絡んでいないというのは運が良いという他ない。

 大雨は恐ろしいと思うようになった。

 以前、実家の近くの線路下のトンネルの道が天井まで冠水したのを目の当たりにしたことがある。

 何台かの車が水没していた。

 人的被害はなかったのであるが。

 車に乗っていると走っている場所によって、思いがけないことが起こることがあるから怖い。

 水に囲まれた状態では水圧によって車のドアは開かない。

 完全に水没した状態で初めてドアが開くらしいが・・・。

 しかし、その状態でパニックにならず、息を止めてドアを開けられる人がいるのだろうか?

 ダイビングを始めると、必ず水中でゴーグルやレギュレーターを外す訓練をする。

 何かのきっかけでレギュレーターなどが外れたときにパニックに陥らないためだ。

 水の中でパニックに陥れば、たちまちの内に水を飲んで死ぬ。

 何度もこの栃木の悲惨なニュースを聞いている内に、うちの夫が窓を破るための特殊ハンマーを買っておこうかと言い出した。

 なるほど、そういう道具はあった方が良いだろう。

 だが、いざというその時に、そのハンマーでガラスを割った途端に車内に水が入り込んでくる・・・らしい。

 別の訓練も必要かもしれない・・・。

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