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2009年7月

政権交代はバラ色の未来か?

 私の心はすでに社会主義丸出しの民主党から離れているのであるが、まだまだ「改革」や「政権交代」という名のChangeを求める国民が少なくないようである。

 あれほどの痛みを受けながら、まだ「改革」を求める国民の心情とはいかなるものであろうか?

 小泉改革はちゃんとやらなかったから失敗したのであって、やり方さえ誤らなければ上手くいったはず・・・。

 これは良くある「もしもの話」である。

 主に負けた場合に用いられる「あれが●●だったら、勝てたのにな」という論法だ。

 そういう事を言う人のことを、英語ではsore loserと言う。

 何故、そこまで変化を求める人が多いのか?

 答えは簡単である。今の生活が苦しいか不満であるか、或いは、最近目に付く「豊かな人を引きずり下ろしたい」という自分の未来に全く希望が持てない人が多くなったということである。

 自分の人生が行き止まりだと感じたとき、絶望する人もあるが、「制度を変えれば自分の順位が変わる」と考える人がいるのだ。

 それらの人々が持つ気持ちは、間違いなく「革命願望」である。

 貧しい人々、恵まれない人々が取り憑かれる願望なのかもしれない。

 その結果が先のアメリカの大統領選挙であったと思う。

 自分がどう努力してもこれ以上上がれないと思っている人が、アメリカではそれほど迄に多かった・・・ということが言えるのではないか?

 大変な病理をアメリカは抱えている。

 それは、移民の数が増えすぎたせいだと私は思っているが・・・。

 アメリカに基盤を持たない移民の人が豊かになることは大変なことだし、それ以上に、代々受け継がれた基盤や財産を持っているアメリカ人との格差は広がることこそあれ、縮むことはないのだから。

 問題は、この「格差」にある。

 中流やそれ以上のレベルで生活している人は感じないだろうが、それより下の人々は、何の苦労もなく(彼らにはそう見える)豊かに暮らしている人と、苦労しても一向に豊かにならない自分との間には、大きな溝と、そして感情的な軋轢が生まれる。

 不満や妬みはやがて憎しみに変わる。

 今の民主党の革命路線を熱烈に支持している層は、ずばりそういう層だと思う。

 あとの支持層は、無党派層や小泉改革を許した自民党に対するカウンターだろう。

 一度自民党に痛い目を合わせなければ、また小泉がやったような強権政治をやられる可能性があると思うからだ。

 しかしながら、皮肉にも、現在民主党が掲げている理念は、小泉が掲げた理念に酷似している。

 構造改革、官僚制打破。

 小泉がやったから失敗し、国民は恐ろしい痛みを味わい国は焼土と化した。

 しかし、同じ事を民主党がやれば、バラ色の未来が待っている。

 そんな馬鹿な、と私は思う。

 民主党の本当の姿が見えてくれば見えてくるほど、全く信用することが出来ない。

 民主党が目玉とする子供手当のために予定されている「配偶者控除の廃止」も又「痛み」の一つである。

 痛みを伴う改革。

 この言葉を忘れている人は、よほどの愚か者である。

 「何でこんなことになってしまったのか?」と今私が呆然としている理由は一つだけだ。

 簡単なことだ。

 要は騙されたのである。

 古い自民党を知る小沢一郎という政治家がいる政党だから、この政党なら大丈夫だと安易に考えていた自分が馬鹿だったのである。

 岡田幹事長や他の民主党議員の口から出てくる言葉は、私が求める古い自民党とは似ても似つかない情が籠もらない、均一を旨とする社会主義政策だ。

 今回の自民党VS民主党の対決は、階級闘争のような形になってしまった。

 未来に希望がない層は自分たちが少し上に上がり、豊かな人がその位置にまで落ちてくることを渇望している。

 私はそんな未来のない社会主義政策には断固反対する。

 日本人は元来競争好きで、上へ上へ行く上昇志向がある国民だ。

 怠け者で嫉妬深いヨーロッパ人とは相容れないものだ。

 アメリカにヨーロッパ的な社会主義が入り込んだ大きな理由は、働き者ではない移民が多くなりすぎた事が大きいのだと思う。

 かつて欧米社会は働き過ぎ日本人を揶揄し、日本の経済発展の足を引っ張ろう引っ張ろうと画策してきた。

 その破壊工作が日本の内側から行われようとしている。

 さて、その世の中をひっくり返して一発逆転を狙っている、新日本人らはどれほどの数になるのか?

 私が今、政権交代に対して感じていることは「脅威」であって「希望」では全くない。

 一般の国民が本当に求めているものを民主党は与えてくれない。

 景気対策、雇用対策、年金など。日本人が今一番不安に思っていること、そして、将来に繋がる話が全く見えてこない。

 鳩山代表が訴えた「友愛」も、今は全く心に響いてこないどころか、あの言葉の持つ意味は何だったんだろう?と不思議にさえ思う。

 そして、鳩山氏に聞きたい。友愛の本当の意味を。

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自民党の取るべき道とは

 7月21日、衆議院は麻生総理の手によって解散された。

 その麻生自民党総裁が会見の冒頭で謝罪の言葉を述べる様子がテレビを通して放映された。

 それを見た国民はどう思ったのだろう?

 私の感想は「やっと自分の過ちに気づき、謝ったのか」というところだ。

 今まで突っ張っていた麻生氏が神妙な面持ちで頭を下げる姿はインパクトがあったし、初めて人の心を打ったのではないだろうか。

 そして又、「極端な市場原理主義とも決別する」とも言った。

 小泉構造改革という今までの自民党ではあり得なかったような、恐ろしい極端な政治が続き、日本国内は疲弊し、昔の良き日本は消滅の危機に瀕している。

 あえて消滅したと書かないのは、まだ、古い時代を知っている中高年がこの国には生き残っているからである。

 戦後高度成長を経験し、バブルで繁栄を味わった世代は、厳しい時代しか知らない可哀想な世代の人間とは違い、簡単に日本を諦めることは出来ないのだ。

 自民党が今後失われた信頼を取り戻し、再び支持を得るためには、これらの保守日本人の支持を取り付けなければどうにもならない。

 昭和の日本を取り戻さなければならないのだ。

 社会主義的なものを支持する民主党支持者の支持を得る必要はない。

 ただ、昔の自民党を支持してきた、昔ながらの日本人の心を取り戻す努力をすれば良いだけの話だ。

 そのためには、小泉政治とは完全に決別しなければならない。

 今までの間違いを認め、国民一人一人に謝罪し、人々の暮らしを豊かにする政治をすることを約束しなければならない。

 そのために経済中心で景気を上げることを最重要課題として取り組むことが大事だ。

 景気が回復すれば雇用も回復し、人々の生活は豊かになり、その図式で税収も増え、社会全体が動き出す。

 苦しいときにここ一番の有効な政策を打つことをするべきである。

 小手先なごまかし、一部の層だけが喜ぶ政策ではなく、巡り巡って全体が潤う政策を打つべきだ。

 そして、それをわかり易く順序立てて説明すれば日本人は理解してくれるはず。

 保守日本人は自分の力で立つことを知っているから、国に一律に配給されるような社会は望んでいないし、それにはなじみがない。

 そういうものが人を駄目にするし、未来がないと言うことを日本人は解っている。

 頑張ればそれが認められる日本社会だったのだから。

 どこかの党が提案しているような施し的なものは日本人のプライドさえ傷つける。

 施しが慣例化すれば、人は堕落していくし、国から配給されたものが国民が得られるすべてのものとなってしまう。

 そうなれば、この日本人が愛する日本が全く違う国になってしまう危険があるのだ。

 だから、今回の選挙は、日本人一人一人にとって天下分け目の選択選挙になる。

 今まで日本人が幸せだった資本主義社会で行くのか、それとも、社会共産主義で行くのか?

 選ぶのは国民一人一人だ。

 これから生まれてくる子孫たちにとっても、生き方を左右される選挙になる。

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民主党人気は小泉人気の再来か?

 つい最近、民主党の岡田氏がテレビの放送で大変重要な発言をされた。

 と私は感じた。

 民主党の目玉企画らしい「子供手当」の財源は、実は子供を持たない家庭の配偶者控除の廃止であるという話だった。

 我が家もそれに当てはまる。

 うちのような子供を持たない家庭は全家庭の中では少数派であるとは思うが、配偶者控除については前にも自民党で廃止が議論され、結局は棚上げとなり今日に至っている。

 何故か?

 それだけ国民の間に根強い反対意見があるからではないか?

 与党自民党が手を付けられずにいたこの案件に、次回の政権交代を目指している現野党である民主党が、いとも簡単に廃止しようとしている。

 そのことに大きな違和感を感じた。

 「どこかに負担が出るのは当たり前」

 岡田氏はそういう論調であったと思う。

 多くの国民の賛同が得られていない案件であるのにも関わらず、この政党は、万が一大量得票をして与党になった場合、先の小泉政権のような強権政治を繰り広げるのではないか?

 私が感じたことはそれである。

 勝てば官軍。国民の圧倒的支持が後ろ盾にあれば何だって出来る。

 小泉時代に起きたことが、民主党の手によって再び起こる可能性が見えてきた。

 それほど、一極集中は恐ろしい。

 民主党のように万年野党であるが故に、宿命的に「反対、反対」と反対方向へ動きすぎる政党というのも又危険である。

 何故、今、「子供手当」なのか?

 それを支持する国民がどれだけいるのだろうか?

 その支持する人たちは、その後にどうなるかを考えているのだろうか?

 有権者の多くは高齢者であったり、中高年であったり、子育てを終わった世代や独身者である。

 より多くの国民が「子供手当」で救われることはない。

 少子高齢化が問題であるという意見もあるだろうが、何を置いても先にやることではないだろう。

 福田政権にあっても、麻生政権にあっても、国民の最大の関心事は「景気対策」であったはずだ。

 それを、今、政権交代を目指す民主党はスルーし、国民が求めてもいない配偶者控除を廃止しようとしている。

 これは一体何を意味するのだろうか?

 KY?

 今まで民主党に期待し、政権交代を夢見てきた人々は今何を思うのだろう?

 私は絶望よりも怒りを感じている。

 民主党が今掲げているマニフェストには確立された財源がないように思う。

 民主党は投票日までに、確実に誰もが損をしない痛みを感じない財源を納得する形で説明しなければならない。

 でなければ小泉の時のような激痛だけが国民を襲うだろう。

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エアコンなしの夏

 我が家のお犬様の健康のため、今年の夏はエアコンの使用は控えることにした。

 どうするかと言うと、窓を開けて風で涼を取る。それだけである。

 今のところ、なんとか頑張っている。

 が、昨日はそのお犬様がハァハァと苦しげに見え、とうとうエアコンを作動させた・・・。

 と言っても健康のため、窓は開けたまま。

 人間だったら耐えられる程度の暑さだったので、時々エアコンの冷風を感じるように配慮した。

 思えば冷蔵庫と親に揶揄される我が家の冷房事情は冷え冷えが普通で、夏、愛犬がハァハァしているところを見ることは殆どなかった・・・。

 湿度の高い日でも、夜はまるで高原のよう。

 冷たい風が部屋に入ってくる。

 周りに家がないせいで、風の音、風に揺れる葉の音、それ以外には池の水音だけが聞こえる。

 ヒートアイランド現象とも全く無縁の世界である。

 まさにCool Summer Night!!!

 今まで長い年月、自然を遮断して暮らして来たことが嘘のよう・・・。

 夏の夜に包まれ、本当に幸せだ。

 とは言っても、盆地のような地形の我が家だ。

 これから本格的に30度オーバーのカンカン照りの日が来れば、エアコンなしではやってられない。

 断熱材のない古い家でもあるし、二階は40度にもなる。

 そして、又、風が全くない暑い夜はさすがに厳しいものがある。

 今のところは、夜、窓を閉めて寝ていても暑くて寝苦しいことはなかった。

 エアコンなしでも案外平気なものである。

 本当に暑い日は何十日もないはずだから、今年の夏は電気代がかなり節約できるはず!!

 結構期待している。

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東国原ショック

 自民党が現宮崎県知事である東国原知事を担ごうとしたことで、自民党に対する信頼は限りなくゼロかマイナスに近づいたと思う。

 これはジョークや単純な人気取りという話ではなく、歴史的な出来事と言って良いかも知れない。

 そもそも、一般国民は、芸能人という人間をよく知らない。

 そこから色んな誤解や事実誤認が生まれているのだと思う。

 芸能人が貧乏の家の生まれだからと言って、それを庶民派と呼ぶのは大間違いである。

 貧乏でも多種多様、色んなレベルがある。

 芸能というものが仕事の一つであるからと言って、それで一般的なカタギの職業を持つ人々と同列に考えるのも間違っている。

 職業にも色々なものがあり、貴賤或いは貴賤のようなものは確固と存在する。

 それらは一般常識と呼ばれる類のものであるが、それを理屈や屁理屈でねじ曲げ、ねじ曲げることによってものの本質が変形させられてしまっている。

 それが現在日本社会なのである。

 東国原知事の「自分を自民党総裁として担げ」というような発言を聞くにつけ、それをまともに取り上げるマスコミの対応を見るに付け、そのことを痛感せざるを得なかった。

 一般常識で考えたら「本気にするわけがない話」が、世間でまかり通るという事実。

 選挙というフィルターを介せば、それまでの経歴はなかったことになるというまやかし。

 そういう政治哲学がこの国を動かしているのかと思うと、本当に怒りがこみ上げてくる。

 テレビに出れば善。

 テレビに出ている人が良いと言えば買ってしまうテレビショッピングみたいだ。

 1万円未満の下着や健康器具なら諦めもつこうが、選挙となるとそうはいかない。

 先の郵政選挙で小泉自民党が圧勝し、我々日本国民は死ぬほどの痛みや辛苦を味合わされ、地方は壊滅的なまでにダメージを受けた。

 これが民主主義の恐ろしさである。

 その事を、今、日本国民は身にしみて感じているはずだ。

 何故、政権与党の自民党にはそのことがわからないのか?

 何故、今を生きる日本国民の心情が届かないのか?

 今回の東国原ショックを舐めてはいけない。

 国民に与えた怒り、失望、反感は計り知れないものがある。

 そして、又、驚くべき事に、この話はまだ終わっていないと言う・・・。

 東京都議選まであと数日のところでそれはないだろう。

 かつて一度でも自民党に一票を投じた大多数の日本国民は激しい怒りと同時に、悲しみを感じているに違いない。

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蛍狩り

 私の近所には蛍が出現する場所があって、そこには夜、近所の巨大な住宅団地からだと思うが、人がやって来るという話だ。

 何故人が来るのか?

 一つは口コミ。

 もう一つは、テレビの影響である。

 テレビに取り上げてしまえば、そこはもう秘密の穴場ではあり得なくなる。

 そして又、秘密の穴場だった時に来たのとは違う種類の人間達が訪れるようになる。

 これは近所の人にとって痛い話だ。

 家に狭い庭があったり、あるいはなかったりする住宅地の人々は、自然と離れて暮らしているためか、自然に反した行動を取る傾向だ。

 蛍が飛ぶのを見るだけでなく、取って持ち帰ってしまうのだそうだ。

 なんと可哀想な・・・。

 蛍が生息している場所には家は殆どなく、夜、白い光を放って飛ぶ蛍にとって楽園であったはずだ。

 人がそばにいても楽しげに飛んでいるようにも見えた。

 自分たちが狭い場所に閉じこめられて暮らしているからこそ、自由に飛翔するものに惹かれるのではないだろうか?

 アスファルトに囲まれた住宅地に持ち帰られた蛍は子孫を残すことはないだろう。

 このままでは蛍は減る一方だろう。

 ご近所さんで蛍を復活させようというテレビ局が用意した企画によって振り回され、その周りで蛍は乱獲され減っていくとは皮肉な、しかしながら、想定内の話である。

 これで蛍がいなくなれば、もう人も来なくなり、それはそれで良いのかもしれないとさえ思う。

 そういう私は、夜中、誰もいなくなったところで、こっそりと蛍を見に行く贅沢を味わう。

 大きな雨、台風があれば、蛍は簡単にいなくなってしまう。

 はかなく、美しい生き物なのだ・・・。

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