政権交代はバラ色の未来か?
私の心はすでに社会主義丸出しの民主党から離れているのであるが、まだまだ「改革」や「政権交代」という名のChangeを求める国民が少なくないようである。
あれほどの痛みを受けながら、まだ「改革」を求める国民の心情とはいかなるものであろうか?
小泉改革はちゃんとやらなかったから失敗したのであって、やり方さえ誤らなければ上手くいったはず・・・。
これは良くある「もしもの話」である。
主に負けた場合に用いられる「あれが●●だったら、勝てたのにな」という論法だ。
そういう事を言う人のことを、英語ではsore loserと言う。
何故、そこまで変化を求める人が多いのか?
答えは簡単である。今の生活が苦しいか不満であるか、或いは、最近目に付く「豊かな人を引きずり下ろしたい」という自分の未来に全く希望が持てない人が多くなったということである。
自分の人生が行き止まりだと感じたとき、絶望する人もあるが、「制度を変えれば自分の順位が変わる」と考える人がいるのだ。
それらの人々が持つ気持ちは、間違いなく「革命願望」である。
貧しい人々、恵まれない人々が取り憑かれる願望なのかもしれない。
その結果が先のアメリカの大統領選挙であったと思う。
自分がどう努力してもこれ以上上がれないと思っている人が、アメリカではそれほど迄に多かった・・・ということが言えるのではないか?
大変な病理をアメリカは抱えている。
それは、移民の数が増えすぎたせいだと私は思っているが・・・。
アメリカに基盤を持たない移民の人が豊かになることは大変なことだし、それ以上に、代々受け継がれた基盤や財産を持っているアメリカ人との格差は広がることこそあれ、縮むことはないのだから。
問題は、この「格差」にある。
中流やそれ以上のレベルで生活している人は感じないだろうが、それより下の人々は、何の苦労もなく(彼らにはそう見える)豊かに暮らしている人と、苦労しても一向に豊かにならない自分との間には、大きな溝と、そして感情的な軋轢が生まれる。
不満や妬みはやがて憎しみに変わる。
今の民主党の革命路線を熱烈に支持している層は、ずばりそういう層だと思う。
あとの支持層は、無党派層や小泉改革を許した自民党に対するカウンターだろう。
一度自民党に痛い目を合わせなければ、また小泉がやったような強権政治をやられる可能性があると思うからだ。
しかしながら、皮肉にも、現在民主党が掲げている理念は、小泉が掲げた理念に酷似している。
構造改革、官僚制打破。
小泉がやったから失敗し、国民は恐ろしい痛みを味わい国は焼土と化した。
しかし、同じ事を民主党がやれば、バラ色の未来が待っている。
そんな馬鹿な、と私は思う。
民主党の本当の姿が見えてくれば見えてくるほど、全く信用することが出来ない。
民主党が目玉とする子供手当のために予定されている「配偶者控除の廃止」も又「痛み」の一つである。
痛みを伴う改革。
この言葉を忘れている人は、よほどの愚か者である。
「何でこんなことになってしまったのか?」と今私が呆然としている理由は一つだけだ。
簡単なことだ。
要は騙されたのである。
古い自民党を知る小沢一郎という政治家がいる政党だから、この政党なら大丈夫だと安易に考えていた自分が馬鹿だったのである。
岡田幹事長や他の民主党議員の口から出てくる言葉は、私が求める古い自民党とは似ても似つかない情が籠もらない、均一を旨とする社会主義政策だ。
今回の自民党VS民主党の対決は、階級闘争のような形になってしまった。
未来に希望がない層は自分たちが少し上に上がり、豊かな人がその位置にまで落ちてくることを渇望している。
私はそんな未来のない社会主義政策には断固反対する。
日本人は元来競争好きで、上へ上へ行く上昇志向がある国民だ。
怠け者で嫉妬深いヨーロッパ人とは相容れないものだ。
アメリカにヨーロッパ的な社会主義が入り込んだ大きな理由は、働き者ではない移民が多くなりすぎた事が大きいのだと思う。
かつて欧米社会は働き過ぎ日本人を揶揄し、日本の経済発展の足を引っ張ろう引っ張ろうと画策してきた。
その破壊工作が日本の内側から行われようとしている。
さて、その世の中をひっくり返して一発逆転を狙っている、新日本人らはどれほどの数になるのか?
私が今、政権交代に対して感じていることは「脅威」であって「希望」では全くない。
一般の国民が本当に求めているものを民主党は与えてくれない。
景気対策、雇用対策、年金など。日本人が今一番不安に思っていること、そして、将来に繋がる話が全く見えてこない。
鳩山代表が訴えた「友愛」も、今は全く心に響いてこないどころか、あの言葉の持つ意味は何だったんだろう?と不思議にさえ思う。
そして、鳩山氏に聞きたい。友愛の本当の意味を。
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