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ホームセンターやスーパーのレジ打ちに見る格差社会

 最近、通販が流行っていると言うが、家に居ながらにして買い物が出来るという利便性もさることながら、劣化日本人と遭遇せずに買い物をすることが出来るというメリットは非常に大きいのかも知れない。

 ここのところ、ホームセンターなどに出掛けるたびに、昔では考えられないような、劣化した日本人のレジ打ちに当たるような気がする。

 手先、指先の動作の鈍さ・・・。

 あの手つきの悪さは生まれつきなのだろうか?

 二桁の年数を生きてきてあの程度の手配りしか出来ないようでは、これから上達するとは思えない。

 また、そこまで丁寧な指導はなされないとも思う。

 何故ならば、レジ打ちとは誰でも出来ると見なされている仕事の一つであるし、長くやって熟練して値打ちが出るという職種でもないからだ。

 そういう指導をするために掛かる時間や経費をカットするため、釣り銭が自動的にレジから出てくる装置も今はある。

 それ故、益々誰でも良いから雇い、要らなくなったら首にするという雇用の仕方が定着するようになる。

 先日のホームセンターは最悪だった。

 レジを打つ若い男性の要領が極端に悪く、「福祉事業の一環として、知能が若干劣る人を雇っているのかな?」と思わせたほどだ。

 人の質問にきちんと答えられないのだ。

 今時、レジや売り場でものを訪ねて答えられる店員がいれば、その人は優秀な方だと言えるだろう。

 その彼がいる売り場の雰囲気はギスギスしてとても悪かった。

 彼に関わった多くの客が苛つき、ラチがあかなくなると苛ついた空気を背負って店内を歩き、サービスカウンターまで出向く。

 そうやって売り場全体にイライラが伝染するのだ。

 なんでこんな人を雇っているのか本当に呆れた。

 しかし、別の日に同じホームセンターを訪れ、雰囲気の違いに驚かされた。

 レジ打ちには愛想の良い接客が出来るオバサンがいて、彼女によく懐いている若い男性がテキパキと動き回っていた。

 尋ねた商品についてわからなければ客と一緒に棚まで見に行き、担当者にきちんと取り次ぎをする。

 それらの対応がきちんとしているから、店内の雰囲気はとても感じが良く活気が感じられた。

 接客が出来る人の特徴は、適切な対応、そして、「すみません」とか「お待たせしてしまって」とかのつなぎの言葉を明るい感じで客に言えることが大きい。

 その多くはオジサンであったりオバサンであったりする。

 客の立場からすれば、そういう使える人にこそ店員として働いて欲しいのであるが、働く立場からすれば、同じ賃金で使えるが故にこき使われ、使えない人たちの分も責任を背負わされ働くことは辛いことだろう。

 まるで社会主義の国のようだ。

 働いても働かなくても同じ賃金。だったら働かない方が得・・・。

 一生懸命頑張っても正社員への登用があるわけでなし。でも、毎日頑張っている。人として立派なことだ。

 一方、使えない人たちのことだが、これからはレジ打ちなどのような仕事は、いわゆる能力が必要とされないどうでも良い仕事として定着していくだろう。

 以前、アメリカへ行ったときに驚いたのであるが、空港職員の態度が日本では考えられないくらいいい加減だったのである。

 無駄口は叩くは、立っている姿勢は悪いは・・・。

 それが許されるのは、その仕事が「誰でも出来るどうでも良い仕事」だと世間で認知され、「その仕事に就いているのはその程度の能力しかないから」とはっきりと認識されているからに他ならない。

 日本にもそれと同じような格差が定着するだろう。

 若い人が要領悪く、感じも悪くレジ打ちをやっているのを見ると、これらの人々は何年経っても同じ所に留まるしかない人々なのだろうな、と思わずにはいられない。

 それを可哀想だと思う余裕は私にはない。

 十分に不快な目に遭わされているのだから。

 不快であるばかりか、時には客が損害を被ることもある。

 ある時、夜のスーパーへお弁当を買いに行ったときのことである。

 レジにはいかにも頼りない、しかも注意散漫で落ち着きがなく、無駄な動きが多い感じの見習いバッジを付けた若い女性がいた。

 一番空いているからと、そのレジに入ったのが運の尽き・・・。

 透明プラスチックのケースに入った太巻きをレジ袋におぼつかない手付きで入れようとしたその時、フタがぱっかり開いてレジの台の上に太巻きを撒き散らした・・・・・・。

 あ、ありえない・・・。

 そんな時、今まで述べてきたような使えないレジ打ちの人たちは、決してすぐに謝って事を納めようとはしない。

 更に悪いことに、その太巻きは最後の1パックだった。

 レジ打ちの女性はまず店長の所に伺いに行き、その足で私たちの前に現れ、「同じものがありません。どうしますか?」と言ったのだった。

 言われたこちらは唖然とした。

 太巻きのパックを撒き散らすほどの要領の悪さ、接客能力のなさもさることながら、そのスーパーの店長の指導の悪さにも呆れた。

 スーパーのレジ打ちが使い捨ての人員であるように、店長も又、派遣の人なのかも知れない。

 そのメンバーで夕方から閉店までの数時間、スーパーは回されているということだ。

 そんな状態のスーパーで文句を言っても始まらない。

 これから我々消費者はどうしたら不快な目に遭わずに買い物を済ますことが出来るのか???

 様々な場面で人の能力差に直面し、昔のようなレベルの高い接客をどこでも受けることは不可能になった。

 個人レベルのやる気のなさがそうさせているのかもしれない。

 一生つまらない仕事で人生を終えなければならないとすれば、それもまたやむを得ないことなのかもしれない。

 何とも世の中の残酷な部分を見たような思いがする。

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