世襲って・・・
最近、国会議員達がやたらと「世襲を禁止すべき」のような事を言い始めていることに驚かされる。
自分たちの多くが世襲であるのに、何故?と。
本気でやるつもりがない大衆迎合のパフォーマンスであろう。
だが、幾ら選挙で勝ちたいからと言って、味噌もクソも一緒くたにするような発言を繰り返して良いわけがない。
そもそも世襲の何が悪いのか?
誰が言い始めたことなのだろう?
おおよそ、官僚チックなこの発想、官僚が裏で糸を引いているとしか思えない。
加えて、多くの持たざる国民達は、世襲を支持しない。
日本の国民の多くはサラリーマンである。
彼らに家業を継ぐことのなんたるかは絶対に理解できないどころか、世襲主義とは対立している関係にある。
日本のサラリーマン社会に於いては、「誰がやっても同じ結果が得られる」---得られなければならないからだ。
だからこそ頻繁な人事異動も成り立つ。
それは又、江戸時代の参勤交代を思わせる、個人が力を蓄積させることを防ぐ目的もあるのだろう。
サラリーマン社会にとって、人とはコマである。
特別に意志が強かったり、特別な力を持っていたからこそ会社を興すことが出来た創業者の思想や志は受け継がれることはない。
そんなものを持った人間はサラリーマンにはならないからだ。
だが、悲しいことに、創始者の子孫は往々にして創始者ほど能力もなければ根性もない。
幼い頃から跡継ぎとして厳しく躾、仕込まないことが原因だろう。
金持ちになってから出来た子供を親はどうしても甘やかしてしまう。
その結果、ボンボン社長は、サラリーマン役員達に良いように動かされ、やがて会社から追われる運命だ。
そのことを国会議員にも当てはめようと言うのだろうか?
世襲もダメ、政治献金もダメだと国民は言う。
上っ面だけの妬みや不平等感だけで物事を判断してはいけない。
そのことで一番喜ぶのは官僚達だ。
世襲から一番遠いところにいて、出る杭を打ちたがるのが彼らだからだ。
個人が財産を持ち、力や発言力を持つことを嫌い、意のままに操れる奴隷のような国民を望む彼らに餌を与えてはいけない。
世襲を否定することは、相続を否定することにもつながる。
個人の私有財産の相続が否定されることこそ、最も恐れなければならないことだろう。
それはイコール、個人が私有財産を形成したり持つことを否定する、社会主義的官僚的思想そのものだ。
生活が困窮し、苦しくなった国民達は、国民同士であらを探し、妬み合い、自分より持っている人間の足を引っ張ろうとし始める。
そんな国民は官僚や政府のマインドコントロール下に置かれているのと同じ事だ。
そのことを私は恐れる。
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