« 2009年3月 | トップページ | 2009年5月 »

2009年4月

世襲って・・・

 最近、国会議員達がやたらと「世襲を禁止すべき」のような事を言い始めていることに驚かされる。

 自分たちの多くが世襲であるのに、何故?と。

 本気でやるつもりがない大衆迎合のパフォーマンスであろう。

 だが、幾ら選挙で勝ちたいからと言って、味噌もクソも一緒くたにするような発言を繰り返して良いわけがない。

 そもそも世襲の何が悪いのか?

 誰が言い始めたことなのだろう?

 おおよそ、官僚チックなこの発想、官僚が裏で糸を引いているとしか思えない。

 加えて、多くの持たざる国民達は、世襲を支持しない。

 日本の国民の多くはサラリーマンである。

 彼らに家業を継ぐことのなんたるかは絶対に理解できないどころか、世襲主義とは対立している関係にある。

 日本のサラリーマン社会に於いては、「誰がやっても同じ結果が得られる」---得られなければならないからだ。

 だからこそ頻繁な人事異動も成り立つ。

 それは又、江戸時代の参勤交代を思わせる、個人が力を蓄積させることを防ぐ目的もあるのだろう。

 サラリーマン社会にとって、人とはコマである。

 特別に意志が強かったり、特別な力を持っていたからこそ会社を興すことが出来た創業者の思想や志は受け継がれることはない。

 そんなものを持った人間はサラリーマンにはならないからだ。

 だが、悲しいことに、創始者の子孫は往々にして創始者ほど能力もなければ根性もない。

 幼い頃から跡継ぎとして厳しく躾、仕込まないことが原因だろう。

 金持ちになってから出来た子供を親はどうしても甘やかしてしまう。

 その結果、ボンボン社長は、サラリーマン役員達に良いように動かされ、やがて会社から追われる運命だ。

 そのことを国会議員にも当てはめようと言うのだろうか?

 世襲もダメ、政治献金もダメだと国民は言う。

 上っ面だけの妬みや不平等感だけで物事を判断してはいけない。

 そのことで一番喜ぶのは官僚達だ。

 世襲から一番遠いところにいて、出る杭を打ちたがるのが彼らだからだ。

 個人が財産を持ち、力や発言力を持つことを嫌い、意のままに操れる奴隷のような国民を望む彼らに餌を与えてはいけない。

 世襲を否定することは、相続を否定することにもつながる。

 個人の私有財産の相続が否定されることこそ、最も恐れなければならないことだろう。

 それはイコール、個人が私有財産を形成したり持つことを否定する、社会主義的官僚的思想そのものだ。

 生活が困窮し、苦しくなった国民達は、国民同士であらを探し、妬み合い、自分より持っている人間の足を引っ張ろうとし始める。

 そんな国民は官僚や政府のマインドコントロール下に置かれているのと同じ事だ。

 そのことを私は恐れる。

|

息苦しい・・・

 草薙剛が酔っぱらって裸になって警察に捕まったという。

 その上、家宅捜索までされたのだという。

 やりすぎじゃないだろうか?

 こいつは芸能人だから大麻でもやっているんじゃないか?という憶測に基づいた見込み捜査というのではないだろうか?

 しかも、何も出てこなかったのだから、やりすぎと国民から非難されても当たり前のことだ。

 証拠もなにもなく、ただ憶測だけで、怪しいと思えば逮捕して身柄を拘束し、あわよくば犯罪行為を自供で引き出せるのではないか?家捜しすれば何か出てくるだろう。みたいな捜査が日常茶飯事的に行われているから、今回のようなことになるのだろう。

 この世に長く生きてきて、叩けば埃のでない人間はいない。で動いているのかもしれない。

 少し前では、西松建設の件で小沢氏の秘書が逮捕されたのが記憶に新しい。

 警察で身柄を拘束されるということは、生半可なことではないし、家宅捜索だって半端なことじゃない。

 国家権力により自由が奪われたり、プライバシーが侵害されることなのだから。

 我が身にもしもそのような事が起こったら???と思うと暗澹たる気持ちになる。

 何故ならば、怪しいと思われただけの無辜の人々が酷い目に遭わされ、自供を強要されるということが実際に起こっているし、過去には拷問が行われたという陰惨な歴史がある。

 今だってわからない、というのが率直な気持ちだ。

 やっている組織は昔ながらのものなのだから。

 戦争、敗戦、占領ということがあったから、何もかも一新されて民主主義が日本に根付いたように思われているが、一新されてはいないのが本当のところだ。

 昔、戦争捕虜を働かせていたという会社の子孫が総理大臣をやっていることを見ても明らかだろう。

 景気が下がり、経済がどん底になって、今、いくつもの出来事によって、日本の本当の姿が世間に晒され始めている。

 戦中に行われていた政府による統制経済も、敗戦で終わったと思われてはいたが、実際には日本の資本主義は官僚によってコントロールされている。

 戦後は遠くなったという言葉があったが、それはまやかしで、そう思わされていただけに過ぎず、本当は日本は戦前を引きずっているのだと思う。

 未だにだ。

 だから、国が景気対策の名の下で定額給付金を国民に撒けば、自らボランティアを買って出て「このお金を使うことが国民の義務です!使わない者は非国民です!」と音頭取りをする馬鹿が出てくる。

 そこまでして奴隷になりたいのか?

 年寄りがお金を貯めていることを知れば、国は何としてでも年寄りにその金を吐き出させようと画策する。

 最後には銀行預金、貯金に課税するようになるだろう。

 日本政府は、戦時中に戦闘機を作るため、足りない鉄を国民に供出させたことと全く同じ事をしようとする。

 鉄鍋も、釜も、神社仏閣の鐘さえも差し出させた。

 そんなことを民主主義時代の日本政府が出来ないと高をくくっていると、その人たちは後で泣きを見ることになるだろう。

 政府は国民に合法的に金を吐き出させることは可能だ。

 多数決という民主主義的な手法をとりさえすれば、それが可能になるのだ。

 そのことが現在のアメリカで起こっていることなのかもしれない。

 圧倒的多数の貧乏人の支持を受けて当選を果たしたオバマ大統領は、その大きな人気を武器になんだって出来るだろう。

 貧乏人には巻き上げられる金がないのだから始めから何も傷つかない。

 恐ろしい目に遭わされるのはお金や財産を持っている、普通の市民たちなのだ・・・。

 世界恐慌が起き、世の中にお金が回らなくなった時、ヨーロッパ的な階級的社会主義が世界を席巻する。

 力や心ある小金持ちたちは金を奪われ無力化し、その他大勢の貧乏人と同様奴隷として国家にコントロールされる存在に成り下がる。

 働くのが嫌いな馬鹿な貧乏人たちは、国が自分たちの面倒を見てくれるという案には何も考えずに飛び付くのだから、政府は騙し放題だ。

 肥えるのは支配する側にいる者たちや、天下りで堅く結びついた企業やその仲間たちだけだ。

 何とも重苦しく、息苦しい世の中である。

 この奴隷地獄に陥りたくなければ、絶対に政権交代を実現させなければダメだ。

 この長い戦前から続いてきた陰惨な日本の歴史を、今こそ断ち切るときだ。

 そうしなければ、アメリカ同様、日本人も統制経済や色んな縛りによって、政府や官僚にコネを持たない普通の市民は私有財産さえ持てなくなるかもしれない。

|

スズメや野鳥の運命は・・・

 前にテレビでスズメが激減しているという話を聞いた。

 それから注意してみると、家の周りにスズメどころか鳩や野鳥も減っているような気がする。

 我が家の周りは雑木林で、一般的な日本人が見たら山の中の一軒家、緑に囲まれた一軒家だと表現するかも知れない。

 当然、色んな野鳥が住み、今頃の朝はピピピピピピピという野鳥のさえずりが響き、大変、大変、すばらしい環境なのだ。

 あの小鳥のさえずりは、何とも耳に心地良い。

 10年くらい前は、庭を鳩が歩き回っていたり、電線に何羽ものスズメが止まっていたものだが、最近は鳩やスズメを襲ったと思われるカラスさえ少なくなってしまっている。

 この変化は悲しい。

 不景気だったこともあり、生活に追われ、小鳥の存在を気に掛けることなく年月は流れ、こんな悲しい変化が身の回りに起こっていたとは・・・。

 我が家の周りにはキツツキも来れば、フクロウも来る。

 最近では狸のつがいが庭を歩いていたということもある。

 小鳥が少なくなってしまったのは悲しいことだ。

 先日、二階にいると木の枝が折れるような音が聞こえてきたので、誰かいるのかと思って窓に近づくと音が止まった。

 窓を開けてみると、ガサガサと木から音が聞こえてくる。

 じっと待っていたら、大きめの可愛い野鳥の姿を見ることが出来た。

 「モズかな?」と思ったが、近くに住む人いわく外来種の鳥らしい。

 それらの鳥が日本の在来種を駆逐してしまう・・・のだと言う・・・。

 そういえば、朝方、南国のジャングルを思わせるような、不思議な鳴き声をする鳥がいるのであるが、それがこの可愛い鳥なのではないか?という話だった。

 それだけではない。

 最近、とても腹立たしいことがあったという。

 朝方、どこから来たのか、見知らぬ男が二人、裏山に入って行こうとしていたというのだ。

 「野鳥捕り」だ。

 野鳥は保護されているのだから、もちろん違法行為である。

 高齢の叔母が声を掛け、110番したところ、二人は逃げていったという・・・。

 経済が縮小し、人間が食えなくなり、鳥たちも食うに困る時代になったのだろうか。

 ゴミの集積所で餌をあされなくなったカラスはスズメや鳩、野鳥を食らい、小さな鳥たちはこの世から消えていく。

 この楽園のような環境も、少しずつ脅かされていくような何とも嫌な気持ちになった。

|

4月の景気低迷と補正予算案について

 1,2,3月と景気は持ち直したように見えた。

 3月では民主党小沢氏の西松建設にからむ疑惑報道が活発だった頃、一時景気は停滞したが、それが過ぎると持ち直した。

 そして、4月。

 我が家の売り上げは、前3ヶ月間と比べて非常に悪い。

 去年の経済危機が世界中に発信された時のように、完全に”止まった”観はないのだが、カクンと落ちた感じがする。

 残念ながら、国内の景気、内需というものは、国の政策や政局と連動しているよう見える。

 西松建設スキャンダルが報道された時、国に対する不信感が生まれ、政治不信が起き、景気は停滞した。

 そして、今回、麻生総理率いる自公与党が補正予算案を提示した途端、景気は再び停滞した。

 今回の方が深刻である・・・。

 お金を使った者だけが恩恵を受けることが出来るという部分も全く今の状況を無視した愚策と言わざるを得ないのだが、もっと悪かったのは「将来的に増税する」ことを国民に宣言したことだろう。

 国民の多くはそれを深刻に受け止め、身構えた。

 今言われている消費税増税だけではない。

 政府の減税政策で親からお金を出して貰い家を買ったはいいが、後から固定資産税を上げられるかもしれない。

 車を買って暫くしたら、車関係の税金も上がるかもしれない。

 今ここにある減税を餌に国民を釣ろうとしても、大漁は望むべくもない。

 何故ならば、大部分の日本国民は中高年、高齢者であり、国に簡単に騙されるほど馬鹿ではないのだから。

 虎の子の預金を吐きだして将来的に損をするかもしれないリスクを冒し、エコ製品を買う馬鹿はいないだろう・・・。ということなのだ。

 未来のことは誰にも解らない。

 だから、今あるお金がすべてなのだ。

 そのお金を安々と消費できるのは、安定収入が約束されたごく一部の国民だけだろう。

 国の皮算用の中では、その中に安定した年金収入のある高齢者が含まれるのだろうが、そうは問屋が卸さない・・・のだと私は思う。

 天涯孤独の年寄りならいざ知らず、殆どの高齢者には子孫がいるはずで、その子供達が困ったときのために、余分なお金など使わず貯めているのが日本の高齢者の正しい姿である。

 悲しいかな、官僚にはそのことがわからない。

 或いは、敢えてこのような予算を組んだとしか思えない。

 15兆規模という補正予算であるが、テレビは真顔で「真水の15兆」と言うが、減税がメインのこの予算が真水である訳がない。

 国民に使われなければ減税する必要がないというトリッキーな予算だ。

 つまり、国民が自発的に財布の紐を堅く締めた場合、政策としては失敗と言えるが、国は減税する必要がなくなるのだから実害は出ない。

 実に巧妙なプランである。

 国民に対する景気対策、経済援助をしたという実績を作るのと同時に、次の衆院選の人気取りにもなるし、失敗したところで懐は痛まないのだから問題ない。

 成否にかかわらず、将来の増税は約束されている。

 アメを提示したのだから、それを受け取るか受け取らないのは国民の判断に委ねるとして、アメの代金は後から回収します・・・と。

 考えれば考えるほど、心が冷え冷えとしていくばかりだ。

 私たちの周りでも、4月になって景気の良い話は聞かない。

 会社勤め、工場勤めの人たちも、週休4日になったとか、早期退職だとか、工場閉鎖とか、現実はかなり深刻だ。

 それがテレビのニュースでは殆ど報道されないことが奇妙な話だ。

 やれ高速道路を使って出掛けましょうとか、エコ家電を買い換えましょうとか、車を買うと税金がお得ですよとか、連日のようにテレビが発信している。

 なんとも空しい。

 表に出れば、沿道にあるディーラーは閑古鳥、閉鎖されたディーラーさえある。

 そして、道路はガラ空き・・・。

 これが現実の日本の姿だ。

 すべての景気対策がスカに終わっても、テレビでは報道されないだろう。

 これが選挙まで続くのかと思うと絶望的な気持ちにもなる。

 だからこそ、余分なお金は使わず、本当に欲しい物や必要な物だけを買い、あとは何があっても良いように備えるしかないのだ。

 この何ともやるせない世界を変えるには、政治の力を動かす国民の声が必要だろう。

 今こそ国民は自分の持っている一票を生かす時だ。

 「もう、頭にきたから」とか「面倒くさいから」とか「誰がやっても同じだから」という事を言う人がたまにいるが、そういう投げ遣りな態度が今の日本を作ってしまったのだ。

 拗ねたり、格好つけていても誰も助けてくれない。

 そのことを日本国民は気づくべきだ。

|

チープトリックの武道館ライブに思う

 夕べ、とても懐かしい好きな曲を聴いた。

 あるテレビ番組(もう内容も忘れた)のBGMでその曲が流れていたのだ。

 好きだと言うだけで曲名もバンド名もわからず、早すぎて英語の詩も上手く聞き取れず、ネットで探しても探し出すことは出来ずに終わった。

 このまま再び記憶の底に沈んでしまう前になんとかしなければ・・・と思っていると、今夕、あるCMでその曲は流れてきた・・・。

 CMの内容がわかれば、そのBGMはネットで検索すればわかるのがインターネットの良いところだ。

 検索を掛けると簡単に曲名はわかった。

 Cheap Trick の I want you to want meだった。

 出だしはI want youであるのに、私のヒアリング能力の欠如は凄まじく、I love youだと思っていたからどうしようもない・・・。

 さっそくYou Tubeで検索を掛けて、確認してみることにした。

 あら、懐かしや、懐かしや、それはまさしくチープトリックの大ヒット曲であった。

 You Tubeで再生されていたのは、チープトリックの武道館ライブの模様であった。

 若い女性達のキャーキャーいう歓声と熱狂、そして、絵に描いたような格好良い外タレバンドの演奏に、めくるめくような歓喜と陶酔を一瞬共有したような錯覚を覚えた。

 丁度、私がティーンだった頃の話だ。

 そういえば、ふわふわの長髪ブロンドの外人男児がギターを抱えて歌ったり、プロレスをやっていた時代であったなぁ・・・。

 あの頃は外タレが日本にやってきてはブレークしていた時代で、この私も、デビッドボウイが死ぬ前に一度はコンサートへ行きたいと夢見ていた時代でもある。

 洋楽専門の雑誌をよく買っていたものだ・・・。

 You Tubeに残されたチープトリックの武道館ライブの映像は、年を取り中年となった私の胸に熱く迫る物があった。

 今、この日本に欠けているものは、あの「熱狂」と「情熱」だ。

 感情と感動が情熱を呼び、爆発的な行動力を生んだ時代だ。

 それがあの靖国神社、千鳥ヶ淵近くの武道館を舞台にしていたというのも感慨深いものがある。

 20代の私が夢を叶え、見に行ったデビッドボウイのコンサート会場は武道館ではなく、ビッグエッグであった・・・。

 あの頃の日本人は大人も若者も生き生きと輝き、情熱に取り付かれ、好きなもの、心動かされるものを追いかけ回していたような気がする。

 素直に輝ける未来を信じて。

 それを今の若い人たちに求めようとは思わない。

 今と昔では若い人たちを取り巻く環境はガラッと変わってしまっているからだ。

 それが何とも悲しく、悔しい。

 あの武道館でキャーキャー叫んでいた女の子達は、今もその思い出を胸の奥に大事に抱えて生きていることだろう。

 一度でも輝きを経験した人間は、それを経験したことのない人間とは違うオーラを放つものだ。

 若くて元気ではつらつと輝いた日本の女の子、男の子達、ワーカホリックと呼ばれた日本人勤労者達を懐かしく、愛おしく思う。

 その情熱は宝物だ。

 何故ならば、すべての人間に与えられるものではないから。

 死ぬまで持ち続け、大事にしようね。

|

4月の停滞と景気対策など

 今月は我が家の売り上げは停滞気味、いわゆるSLOWだ。

 天気も良く、高速代も1000円になり、定額給付金も配られ始めたのに何故だ???

 何故なのだろうか?

 テレビでは報道されない「3月危機」「4月危機」の影響なのかも知れない。

 日本のあちこちで首切りや労働時間短縮、それによる給料削減などが行われているからなのかも知れない。

 小沢民主のスキャンダルはこれでもかこれでもかと放映したテレビメディアであるが、労働時間短縮の話題はニュース性が低いのか表には出てこないようだ。

 元々基本給を少なく抑え、残業や手当てなどで給与の体裁を整えるというのが日本の給与の基本だから、残業代や手当がなくなれば手取りの給料はかなり少なくなるはずだ。

 その足りなくなった部分はバイトで補え、というのが最近の雇用する側のあり方らしい。

 これでは景気が停滞しても不思議ではない。

 それに加えて、麻生自公政権が提示した景気対策案だ。

 15兆を越える「真水」とマスコミは平然と言うが、真水であるはずがない。

 大きな買い物をする者だけが減税の恩恵に与れ、そうでない者には恩恵がないどころか、恩恵を受けた者の分も将来の増税を担わなければならない。

 なんとも理不尽で人を馬鹿にした話である。

 エコ車を買い換えるために100万円越えのお金を出すよりも、買い換えないで今の車に乗り続けた方が遙かに出費は少なくて済む・・・・・。

 そういう計算が出来ない国民がいるのだろうか?

 結局の所、今も、増税が待ち受ける近い将来もお金に困らない層だけが、安くエコ車などを手に入れることが出来る仕組みだ。

 これでどれだけ金の流通が見られるか。

 高速道路も混んではいないと言う話だ・・・。

 私も定額給付金は将来に備えて貯金するし、今後は臨時収入の殆どは貯金する予定だ。

 経済が回らないことを心配はしていない。

 内需はいずれ回復する。

 だが、回復までに時間が掛かれば掛かるほど、セーフティネットを持たない人々は奈落へ落ちていく。

 奈落へ落ちたくなければ、無駄遣いをせず、我慢と倹約の生活を自分なりに続けていくしかない。

 あるいは政治に期待を託してみるか?

 国民に痛みを強い、次から次へと馬鹿馬鹿しい景気対策と、官僚主導の規制で日本をがんじがらめにし続ける自公政権にNOを突きつけ、次の選挙では政権交代することを本気で願うか。

 今の天中殺を切り抜けるには、政治に頼るしかない。

 このまま現政権が続けば、官僚支配はますます強くなり、政治家は弱体化し名ばかりの操り人形となるだろう。

 それでは選挙の意味もなければ、民主主義でもない。

 今の世界恐慌で舵取りが出来るのは、世間知らずで、世の中のことが解らない官僚であるはずがない。

 机上の空論や方程式でも過去のスタディでもない、現実社会を知っている政治家が国を動かさなければ大変なことになる。

 何故ならば、方程式や机上の空論で滅茶苦茶にされたのが現在の日本だからだ。

 国力が落ちている今、それをやられたら元には戻らない。

 これは、いかなる政情でもたくましく生き抜く庶民の知恵とは又別の話である。

 北朝鮮の問題にしても、メディアは北朝鮮一辺倒のことしか報道しないが、日本政府としては北朝鮮の先にヨーロッパがいるという風に見て戦わなければならないはず。

 日本の外交官が不快そうな顔で流ちょうな英語で何かを喋っていたが、あれは国内向けのパフォーマンスであり、演技とも言えるし、虚勢を張っているだけの馬鹿だとも言える。

 

|

偏向報道とオバマ大統領との関係?

 先日、アメリカ人の友達とメールで遣り取りすることがあった。

 そこで日本のメディアがいかに政府の愛玩犬であり、偏向しているか・・・という話をしたのであるが、驚くべき事に、返ってきた答えは「こっちも同じ、そっくりだよ」だった・・・。

 これは何を意味するのだろうか?

 アメリカのインターネットには、ご丁寧に、「今週の偏向記事」を紹介するみたいなサイトがあり、いかに新聞が扇情的な見出しや小見出しで読者をミスリードするかを解説していた。

 面白すぎて笑うしかなかった・・・。

 アメリカにあっても、もはやメディアは公正な存在ではなく、人々はメディアの報道を疑い、インターネットで生の声を交換し合うようになっていたとは・・・。

 インターネット先進国なのだから、当然と言えば当然で私が遅れていたというだけの事なのかもしれないが。

 この時、私の中で何かが弾けた。

 日本国民の頭の切れ、日本の民主主義も捨てた物ではない!という大いなる希望と、もしかしたら、オバマ大統領とは、アメリカメディアによる大偏向キャンペーンによって作り出された”偶像”なのかもしれない!という大胆な仮説だ。

 これは、民主党の小沢氏が遭遇してきたメディアによるマルチ・ネガティブキャンペーンを彷彿とさせる。

 思えば、ブッシュ元大統領に対するネガキャンは世界的規模であった。(笑)

 日本における小沢氏がアメリカにおけるオバマ氏ではなく、選挙で敗れた共和党のマケイン氏であった・・・のだとすると、話は全く違う風に見えてくるから面白い。

 アメリカメディアのみならず、全世界メディアの寵児であった「黒人初のアメリカ大統領候補」オバマ氏と、地味で冴えないパッとしない人という印象しかなかったマケイン氏と。

 これらが仕組まれたものであったとすればどうだろう?

 だとすると、どこかの政治評論家が言っていたように、オバマ氏が集めた政治献金は個人献金の大きさのみが報道されるが、実際には大規模な企業献金があったという話が妙な具合に繋がって・・・くる?

 何か大きな力が働いて、その結果としてオバマ氏が大統領に当選したのだとすれば、必ず、そのことで大きな利益を得る存在があるはずだ。

 時は今、大混乱の時だ。

 日本で言えばバブル崩壊の時がそうであったように、そんな混乱の時には、それに乗じて大儲けしようとする勢力が必ずいるはず。

 それが何者なのかは私にはわからないのであるが・・・。

 私の友達の殆どは共和党支持者で、オバマの失脚を夢見ているような人たちばかりだ。

 彼らは政府のコントロールが大きくなることをとても恐れている。

 その気持ちは、ほとんどのものを官僚にコントロールされている日本人なら理解できるはずだ。

 医療制度についても、政府が国民の選択の機会を潰すのではないかと大変恐れているのだ。

 それは、今回の日本の後期高齢者医療制度の導入を思い起こさせる。

 政府が医療に対して大きな権限を持てば、医療制度の改悪、簡素化、医療費削減などは一方的に決められてしまう。

 今まで自由に人生設計をしてきた者たちには受け入れがたい変化だろう。

 共和党支持者の保守的アメリカ人たちは、自分の面倒は自分で見ると主張する。

 それは、日々、節約に励み、老後のため、死後のためにお金を蓄える我が日本国民の国民性とも相通じるものではないか?

 不思議なことに日本のメディアはアメリカの共和党支持者のことを伝えることは殆どない。

 これらの保守的な人々こそ、アメリカの基礎となっている人々だと私は思うのであるが・・・。

 生まれが比較的良く、能力があり、せっせと働くそれらの人々は、好景気によって富を得、それによって恵まれない層との格差が大きくなりすぎたことが悲劇の始まりだったのかもしれない。

 それらの人々に富を分配するとオバマ氏は約束し、そして大統領に当選したのだから。

 政府にお金がないのだとすれば、それらの財源は、富める人々が持つ財産ということになる。

 最も資本主義が進み成功したアメリカ合衆国で、富の再分配という政策が行われるとすれば、その先、どんな道が拓けるのか・・・誰にも解らないというのが本当のところだろう。

|

貯金をする民族

 内需が落ち込み、今、日本政府は景気を上げようと何とか国民に”余分な”お金を使わせようと必死な観がある。

 アテにしている財源は、国民が真面目に働き節約して貯めた虎の子の預貯金である・・・。

 この未曾有の世界的経済危機にありながら、他の国のように日本で大規模な暴動やデモが起きないのは、おそらくはこの国民の虎の子のお陰だろう。

 預貯金がない外国人と違い、日本人には預貯金がある分、失業から即破産、ホームレスになる人間の数はそんなには多くないと言える。

 自分に預貯金がない人でも、親には預貯金がある・・・というのも日本人の豊かさの秘密だろう。

 そのことがあるから、今、見かけ上は日本の景気の悪化が凪いでいるように見えるのだ。

 しかしながら、このように堅実で、我慢を知る日本人であるからこそ、高速道路が1000円になったくらいで容易には財布の紐を緩めたりしないのである・・・。

 そのことを日本国政府は誇りに思うべきだ。

 いざという時に備えて貯金をすることが出来る日本という国は素晴らしい。

 一方で、国の福祉が充実し、高福祉高負担の国がある。

 それらの国は高い税金を国に払うことで、国が国民の福祉を保障するという契約が成り立っているようだ。

 税金が高いので預貯金は出来ずらいしくみだ。

 つまり、自分の安全や保障を国に委譲するという事だ。

 高福祉高負担の国の人々は、そこまで国を信用しているのだろうか?

 とても不思議な気がする。

 私にはそこまで国を信用することは出来ないし、貯金するもしないも個人の自由裁量で決められない国には住みたくない。

 預貯金が出来ないと言うことは、個人が財産を形成することが難しいのではないだろうか?

 非常に社会主義的なものを感じる。

 最近は、自力でお金を稼ぐチャンスが縮小しているせいか、この手の社会主義的な思想に傾倒していく人がチラホラ見受けられるような気がする。

 今の日本を保っている原資になっている「いざというときのために備え、貯金するという習慣・知恵」を軽々しく捨てて良い訳がない。

 国の横暴から身を守るためにも、個人のお金、財産は必要不可欠な物だ。

 お金や財産は武器になるからだ。

 お金や私有財産を持たないと言うことは、イコール、無力であることを意味する。

 丸腰にならないように・・・。

 不確かな時代であればこそ、まず自分の生活を第一に考え、周りに踊らされずに生きることが大事だろう。

|

定額給付金の使い道

 我が家にもついに定額給付金の申請書が届いた。

 二人で24,000円。

 振込先は一切の自動引き落としのない、へそくり用の口座にしておいた。

 知らない間に振り込まれ、知らない間に定期的に掛かる経費で引き落としになっていたら目も当てられない!!

 しっかり貯めておこう、というのが私の考えだ。

 使うのはいつでも使えるし。

 今、使わなけれ損だということもないし。

 私の場合、少しお金を使ってしまった後だから・・・というのもあるし。

 うちのような自営業は、貯められるときにお金を貯めておくのが当たり前だ。

 実際、お金に困っている人を除けば、貯金しておく人が殆どだろう。

 景気が良くなる気配も、昇給するアテもないのに、せっかく天から降ってきたお金をパッと使ってしまうようでは日本人とは言えない。(笑)

 テレビに出ていた子沢山一家も、一度に十数万円もの大金を手にして、テレビで喋っていたように本当に旅行へ行ってパッと使ってしまうことはやらないし出来ないと思う。

 それをやるとしたら、失礼ながら「最後の晩餐」を思い浮かべてしまう・・・。

 裕福でない子沢山一家に必要なのは食費であって、レジャー費じゃないことは明白だ。

 今回の定額給付金で、いつもよりも多くのお金を使うことが出来る家庭がどれだけあることやら?

 大いに疑問である。

 高速1000円も、現実にはサービスエリアで散財する人は少なかったようだ。

 つまり、多くの日本人は、苦しい状況の中、「予算ありき」で行動しているということなのだ。

 家計の予算は節約主婦によって厳格に守られる・・・。

 余剰金が出れば、もれなく預貯金に回されるだろう。

 現実は厳しい。

|

春先のダウンジャケットなど

 毎年、毎年、今くらいの季節は憂鬱だった。

 庭を見ればコブシ、水仙などの春の花が満開で、日差しも暖かそうに見える。

 うっかり春の気分に乗せられて、白っぽいコールテンのジャケットなどを着て外出するととんでもない目に遭う。

 車に乗るまでは良いのだが、目的地に着き、車から降りると・・・、思いがけない冷たい風に驚かされることになる。

 道理で、道行く人はダークな色のダウンジャケットやコートを着ているわけだ。

 なるほど。

 春とはいえ、外の空気はまだまだ寒いのか・・・。

 そうなると手持ちの防寒着は・・・、ウールだったり、ロングのダウンコートだったり、とても春先に着られる代物じゃない。

 3月にもなって冬っぽい格好をするのは苦痛だ。

 何故か知らねども、私は花咲く3月に冬を引きずることを快く思わない。

 そこで、大発奮して、春用のダウンジャケットを買うことにした。

 ダウンジャケットとは便利な物で、真冬用でもない限り、春でもそんなに違和感がない。

 鮮やかなピンクのダウンジャケットをセール価格で買った。

 もちろん、セール価格でなかったら買わなかったような気がする。

 近所ならフリースやランズエンドのスコールジャケットで十分だし、春の一時の為にジャケットを買うなんて贅沢だと思うから長い間持っていなかった訳なのだから。

 日本サイズのジャケットだったため、袖がやや短いのが難点であったが、矢張り、暖かいのが一番だった。

 防寒用なので多少は妥協してもOK。値段も安かったし。

 来シーズンの真冬用に買ったダウンのロングコート(セール品)はアメリカの普通サイズであったが、袖の長さは丁度良かった。

 冬に日本サイズの袖が短い服を着ることは自殺行為に等しい。

 袖が短い服ほど寒いものはないからだ・・・。

 アメリカブランドの服は、レギュラーで袖の長さが丁度良いのもあれば、レギュラーでは長すぎるものもあって非常に困るところだ。

 最近買った鮮やかな花柄のジャケットは、実はうっかりレギュラーサイズで注文したものだったが、袖の長さは丁度良かったのでほっとした。

 こちらは4月、5月の暖かい日の防寒用ジャケットで、着れば美人度がアップするようような気がしてかなり気に入っている。

 夏から真夏用の防寒用には、薄地のニットのカーディガンを去年セールで買っておいた。

 これで準備は万端!

 どの服も家庭で洗濯可能のものばかりだ。

 ドライクリーニングの服は、結局は袖を通す機会が減り、タンスの肥やしになってしまう・・・。

 先日もセールで、手洗い表示の綿の鮮やかなオレンジ色のお花の模様入りカーディガンを買ったのだが、これはネットに入れて洗濯機で洗おうか考え中で、未だに袖を通していない。

 とても気に入ったカーディガンで、よそ行き用にしたいのだが、よそ行きの機会が今もって訪れずで、GWにお出かけするときに着られれば良い方・・・だなぁ・・・。

 10年近く前に買ったカーディガンで、一度もクリーニングに出していない物もある。

 直接肌につかないということと、プロのクリーニングでも洗濯するのが大変なんじゃないかな?という代物だから、ということもある。

 そんな風に滅多に着ない素敵な柄のカーディガンがどんどん増えていく・・・のであった。

|

« 2009年3月 | トップページ | 2009年5月 »