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2008年12月

自力で稼ぐこと

 私の世代の女性は、若い頃は玉の輿に乗りたいなぁ~とか、のほほんと主婦業をして生きるんだなぁ~と思っていた人が多いと思う。

 かく言う私も、普通に楽に生活できることを疑いもしなかった。

 右肩上がり経済で生きてきたのだから、親よりも金持ちになって当たり前だと思っていた。

 そして、今、不景気の波をもろにかぶり、親よりも兄弟よりも非常に貧乏な生活をしている。

 「もう、しょうがないなぁ~」と思っている。

 でも、このままでは生活が苦しくなるばかりだ。

 これからの世の中、何としてでもお金を稼げなければ辛い。

 自力で稼ぎ出すことが出来れば最高だ。

 私の場合は絵の関係でしかお金を生み出せないから、そこを頑張っているところだ。

 売れれば嬉しいが、売れなければ辛い。自分の才能や芸で勝負するのだから、結果はダイレクトに自分に返ってくる。

 良い、悪いの評価は情け容赦がない。

 でも、頑張ることに決めたから、顔が疲れようが、肩こりが酷くなろうが、白髪が出ようが、そんなの関係ない。どうだって良いことだ。

 設定目標に到達するまで努力あるのみ。

 最初のささやかな目標は達成したが、そこに安堵や幸せはない。

 次の目標達成への渇望しかない。

 楽しい精神状態かと問われれば、否と言いたい。

 ちんぷんかんぷんな事を少しずつ学び、自分の物にして、訳がわからなくても前進し続けるしかない。

 肝心の絵の方は、描けば買ってくれる友達がいて、本当に恵まれていると思う。

 でも、「これで○○の代金が払えるね!」みたいな事を人から言われたことは生まれて初めてだ。

 芸でお金を稼ぐ日が来るなんて・・・。

 嬉しいのか悲しいのかわからなくなる。

 でも、結局、一個人がお金を稼ぐ方法は、物を作って売るしかない。

 問題は買ってくれる人がいるかいないかで、それが一番大事なことなのだ。

 自分に何が出来て、それはどこで売ることが出来るのか・・・。

 考えただけではわからない。一歩を踏み出すのは自分から。でも、自分に出来ることはそこまでだ。

 そこから先は、本当に「お導き」があるのみだ。

 情熱と執念と才能、そして人柄と感受性。それが私のお金を稼ぐ術のすべてなのかもしれない・・・。

 一度に色んな事がいっぱい押し寄せてきて、今はとても疲れている。

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増税話にはウンザリ

 12月12日の麻生総理の記者会見は、要するに「消費税上げますよ、よろしく」という宣言に他ならなかった。

 目新しい話ではなく、「ああ、やっぱりな」と重苦しい気持ちに陥った。

 たばこ税を上げる話だって、まだ完全に立ち消えになった訳ではないだろう。

 財源がない、財源がないと言い、今までつもり重なった官僚や政府の不手際は失策は棚に上げ、尻ぬぐいは国民に回ってくる。

 こんな馬鹿な話があるのだろうか?

 この不景気の入り口で、この後どれほど悪い状態になるのか国民は身構え、財布の紐を堅くしている時に「3年後に消費税をあげます」とは・・・。

 麻生自公政権は日本の景気を落とすこと、国民を苦しめることに何か使命感でも感じているのに違いない。

 次の選挙で勝てそうもないから、消費税を上げ、自分たちを支持しない国民達に罰を与えてやろう。

 そんな底意地の悪ささえ感じる。ぞっとするような悪意と怨念に満ちた感情を。

 11月からの日本国内の景気の悪さは尋常ではない。

 普段「自分は経営者の経験がある」と自負している総理大臣には残念なことに、国内景気の善し悪しの判断は出来ていない。

 これから景気が悪くなったとして、うちの商売なんかどうなるんだろう?と思わずにはいられない。

 日本全体の景気が落ち込んでいるのだから、○○が駄目だから××にという動き方はもう出来ない。

 職を失うことは、お金を得る手段を一切失う事になりかねない。

 一寸先は闇とはまさにこのことだ。

 ホンダの福井社長が言っていたように、一ヶ月で事態は大きく急変する。

 一般国民に出来ることはわずかだ。

 希望を持ち続けること。働くこと。野菜を植える、節約する、何でもやって生き延びることだけだ。

 そして、物わかりの良い国民にだけはなってはならない。

 麻生総理の会見のニュースを、新聞やテレビは雇用者対策や減税を全面に押し出して報道するだろうか?

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ムトウハップは市場から消えたが・・・

 硫酸化水素自殺1000人を越える(時事通信社)

 2008年1月から11月までの硫酸化水素による自殺者数は1000人を越えたそうだ。

 一日一人の人間が自殺している見当になる。

 その自殺方法がネットで広く世間に広まったため自殺者数が増えたということが言われ、そのため、ネット上でこの方法は有害情報として扱われることとなった。

 見つけたら削除される類のものである。

 そのあおりを受けたのは、ムトウハップと呼ばれる入浴剤の会社である。

 一方的に紛糾され、悪者にされ、この世から消えた・・・。

 確かに自殺者が増えたことは憂慮すべき事であるが、彼らは自ら望んで死んだ人間達だ。

 何故そのこととは無関係に存在する会社が操業停止まで追い込まれなければならなくなるのだろう?

 薬屋に絡む商品にはこの手の”自主規制?”がいつも顔を出す。

 ”あの”こんにゃくゼリーも薬屋で売っていた商品である。

 自殺とは関係ない別の力に消されたのかとあらぬ疑いさえ抱いてしまう。

 有害物質というならば、むしろサンポールの方が有害物質を含んでいる。

 発禁にするなら両方を発禁にすべきである。

 そして、問題は自殺者が多い社会であり、この日本国の今の現状だ。

 何故人々は死にたがるのか?

 何故人々は硫化水素自殺を選ぶのか?

 ヒステリックに騒ぎ立て、「禁止だ」「禁止だ」と叫ぶ人たちに、自殺志願者の苦しみの声なき叫びは届くことはないのか。

 職の当てもなく、食べ物にありつける目処も立たず、希望もなく、借金に追われている、そんな境遇に置かれている人たちは確実にこの日本に存在している。

 それらの人たちに向かって「死ぬ気になればなんでも出来る」と言えるだろうか?

 その状況を取り除いてやらない限り、彼らは生きていくことは出来ない。

 自殺しなければ野良犬のように野や町を彷徨い飢え死にするのだろう。

 飢え死にするのは怖いから、或いは、そんな生活を終わりにするために自殺を選ぶのではないか?

 死ぬときだって、本当に頭がおかしくなっているのなら焼身自殺でもやるだろうが、頭が正気だから、死ぬなら楽な方法を選ぶのではないか?

 なんと痛ましいことだろう。

 貧乏暮らしであっても住む家があり、家族があり、生活が成り立っている人たちにはわからない世界なのかも知れない。

 生きていこうとする希望がない。

 明日が見えない。

 そんな気持ちに人は陥る。どんな人だって陥る。特別に精神が強い人だけが生き残ることが出来るだろう。

 マスコミやメディアは真実を覆い隠し、根本的な問題点を論じることはない。

 臭い物には蓋の論法だ。

 自殺は善悪で語ることは出来ない。日本古来の宗教は自殺を禁じていない。

 苦しいとき、自分の人生の最後が首つりである姿を想像して涙が出ることがある。

 そんな最期を遂げるために生まれてきたのではない。

 余りにも惨めだ。

 自分を生み育てた両親がどんなに悲しむことだろう。

 自殺に追いやられた人々はひとりぼっちだ。

 この広い世界で、ただ一人、絶望の闇から永遠に光の見えない世界へと旅立つのだ。

 この世で辛酸を舐め尽くしたそれらの魂が救われることはあるのだろうか? 

 自殺者の増加は、その根本にある問題を解決しない限り止めることは出来ないだろう。

 それを止めるのは国の務めだ。政治、政府が今こそやるべきだ。何を躊躇しているんだ・・・。

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心細さと不安

 今は「未曾有みぞゆう」の経済危機だそうだが、これは日本だけではなく、どの国も同じように苦しんでいるようだ。

 そして、賢い国民なら、メディアの発表を丸飲みにすることはなく、きっと来年はもっと酷いことになる・・・と身構えるはずだ。

 そんな状態の中、どうやって生き残れば良いのだろう?

 数千、数万規模の人間が職を失い寒空に放り出される。

 貯金とか資産とか肉親とか親戚とか副業とか・・・、何らかのセーフティネットがなければ落ちるところまで落ちるしかなくなる。

 これは10年以上も前に見たアメリカ映画を思い起こさせる。

 旦那が職を失ったことがきっかけで家を失い、まとまったお金もなかったためにアパートに住むことも出来なくなり、保護施設に身を寄せてもうまくいかず、ホームレスに落ちていく家族の話だった。

 アメリカ人は貯金をしないから、職を失えば即どうにもならなくなるんだね・・・なんて衝撃を受けたものだ。

 独立心が強い者同士の親子関係も又、日本の親子関係のようにはいかない・・・。

 自分を犠牲にしても子供達がホームレスにならないように尽力するという発想はないように見えた。

 それはまるで今の日本の姿に酷似している。

 30代や40代の派遣労働者の中には、すでに親を亡くしている人たちも少なくないようだ。

 或いは親がいても田舎住まいであったり、貧しかったりで、子供を支える力がなければセーフティネットにはなれない。

 親元から仕事に通うことが出来れば、給料が少なくてもやっていけないことはないのに・・・。

 そのことから考えると、東京都内、都下、東京近郊に親の家があり、そこから仕事へ通うことが出来る人たちは幸いである。

 現在東京都内で車を持てる人たちというのも、おそらくはそういう人たちであろう。

 一つの家に何世代かが暮らし、お互いに助け合って生きていく・・・。

 今からは正社員といえども、いつ職を失うかわからない情勢である。

 会社をリストラされて、自分の力だけでお金を得ることは至難の業である。

 次に雇ってくれる会社がなければどうにもならない。

 しかし、どうやってお金を稼げばいいのか・・・。

 その事を今からの日本人は考えなければならないのかも知れない。

 安定などどこにもない世界が今の日本なのだから・・・。

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市販薬の値段がコントロールされるかも・・・

 先日、楽天市場から変なメールが届いた。

 2009年6月から通販で風邪薬などが買えなくなると言う話が出ているのだそうだ。

 とても悲しくなった。

 またまた国民は選択の自由を奪われる。

 国は財政難を理由に医療費を削り、国民が十分な医療を受けるチャンスを減らし、更に国民は少しでも安い市販薬を買うチャンスさえ得られない。

 なんという国に自分は生きているのだろう?

 今年、私は何回か通販で一番安い風邪薬を探してそれを購入した。

 30個入りのコルゲンコーワIB透明カプセルがそれである。

 近所のサンドラッグで買うよりも安かった。マツキヨに至ってはそれが売っていなかったということがある。

 それが今月出掛けてみたところ、コルゲンコーワIB30個入りがサンドラッグにはなかった。

 あったのは18個入りだけだ。当然割高になる。

 通販で買う30個入りと同じくらいの値段だ・・・。

 消費者は選ぶことは出来ない。売っている物しか買えないのだから。

 今回のことは、薬屋が中心の圧力団体から厚生労働省に圧力が掛かり、市販薬販売の自由競争をなくし、地方の小規模薬局の一人勝ちは許さないという図式だろう。

 価格が自由に決められないのであれば、カルテルと同じだ。

 それらの圧力団体は色んな業界に存在し、官僚の天下り先であることだろう。

 大手薬局と言えばマツキヨが有名だが、あそこは国会議員が関わっている会社だ。

 厚生労働省との癒着が疑われても仕方がないだろう。

 国民の生活が良くなるような、国内景気が活性化するような規制緩和は行われず、その結果、産業がどんどん荒廃していく。

 その一方で、国民の手足をもぐような規制を敢行する。

 それは、規制緩和や規制をを決める要因が、何らかの利権に絡んでいるからに他ならない。

 その利権に関係しない人間は規制緩和によっても規制によっても何らメリットを受けられないような仕組みが出来ているのだ。

 それを作っているのは役人と政治家と、それらの人間達が入り込んでいる企業だ。

 ネット通販の市販薬で副作用が出たとか、それらを尤もらしい理由付けにする気かもしれない。

 いつかこういった腐った構図を正すことや罰してくれるものを強く望む。

 正直者が馬鹿を見てはいけないと思う。

 

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灯油ストーブを止めてエアコンにしたら

 このところ嬉しいことにガソリンの値段が下がっている。

 それに伴い灯油の値段も下がっていると言うが・・・。

 10月初旬に灯油を買ったときは1リットル132円だった。

 去年の12月は灯油代は月2万円近くにも上った。

 だから、今年はエアコンを二台買い換えたこともあり、思い切ってエアコンで冬を乗り切ろうとやってみることにした。

 11月の電気代は夏場の最盛期の電気代よりも1000円ほど高かった。

 11月の下旬からは寒さが本格的になったため、寝室のエアコンは最低温度に設定して一晩中付けている。

 その結果、羽毛布団の表面が冷蔵庫のように冷えることはなくなり、朝までよく眠られるようになった。

 電気毛布で布団を暖めておく必要もなくなった。

 その上で、灯油ストーブを使うよりも光熱費が数千円から一万円の節約になる。

 灯油と違い、エアコンは空気も汚さないという大きなメリットがある。

 場所も取らない。

 今後、電気会社は値上げをすると言ってはいたが、これほどまでに円高が顕著な今、当初の計画通りの値上げ幅を実現することは不可能だろう・・・。

 そんなことは許されないと思うのだが。

 暑さと違い、寒さは人の心まで凍らせる。惨めにさせる。

 お金がない若い人たちは、パソコンの熱で暖を取っているという話もある。

 辛い季節だ。

 先に窓のところに挟んだプラダンでは少々物足りなくなってきたので、先日ホームセンターに買いに行ったところ、お目当てのプラダンは残り数枚という有様だった。

 防寒に買う人が増えているのだろうか?

 時代が進み、日本もアメリカ並みのセントラルヒーティングが普及するのかと思いきや、時代は昔の貧しかった日本に戻ったようだ・・・。

 昔は我慢の他に希望があったのだが、今は我慢の先に希望を見いだすのは容易ではない。

 今日は日中日が差し暖かく、庭に出て空を見上げると真っ青な美しい空が広がって見えた。

 追記:その後の顛末はこちら↓です。

 エアコンより灯油ストーブ

 

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