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2008年11月

党首討論で政局は動かない、何も変わらない。

 先日、11月28日に党首討論があった。

 今まで民主党の小沢党首が逃げ回っていたと宣伝されてきた麻生総理大臣との党首討論であった。

 あれを見終わって感じたことは、矢張り絶望感だけである。

 討論の内容が良いとか悪いとかではない。

 討論内容自体は、当たり前の内容であり、いかに現麻生政権が無能無策であり、その結果、日本の景気を悪くして日本国民の生活を追い詰めていることを確認したに過ぎない。

 絶望感の源にあるのは、どんなに小沢民主党主が現政権のやる気のなさを問いただしたところで、麻生総理が解散を決断しなければ何も動かないという党首討論の存在意義のあやふやさなのかもしれない。

 何のための党首討論なのか?

 きちんと説明できる人間がいるだろうか?

 マスコミや多くのマスコミに感化されている国民は、「党首討論で誰が優勢だった」とか勝ち負けにこだわっているようだが、党首討論は選挙ではない。

 党首討論で勝敗がつくとか、政治が動くとか、そんな期待を何故するようになったのだろう?

 政治が動くことがあるとすれば、それはあくまで与党内部、野党内部のことだ。

 党内での総裁降ろしや内閣解散の動きが出るか出ないか、そのことだけだろう。

 今や自民党には次の総裁候補はなきに等しい。

 そうである以上、党首討論が劣勢だろうが、国民世論が不利になろうが、麻生内閣が解散することはあり得ない。

 任期一杯までは選挙を先延ばしにしたいという点では、自民党内の結束は相当堅そうに見える。

 党首討論をした結果、政治はスタック状態であることを明らかに見せた。

 総理大臣が総理大臣にふさわしい人間であろうがなかろうが、経済対策を打とうが打つまいが、すべては与党の言うがまま、やるがまま、国民は凍え、不安におののきながら次の選挙まで待つしかないということを見せつけたと言って良いだろう。

 あとは民主党が参院で国会を空転させるという戦法しか残っていないが、それで麻生政権がギブアップするとは到底思えない。

 現政権与党が出来るだけ長く生きながらえることだけが最大目標で、後は野となれ山となれ・・・。なるようにしかならない、とでも言ったら良いのだろうか。

 そのことで犠牲になるのは日本国民だ。経済基盤が弱い順に淘汰されていくしかない。

 麻生総理大臣自身は金持ちの出で、麻生王国と呼べるような地元も持っているから次の選挙の心配はないし、政治家を辞めても悠々自適で貧乏人を見下ろしながら暮らしていける身分だ。

 自民党の中でも当然、経済基盤、選挙基盤の弱い議員の順から淘汰されていく運命だ。

 そのトップである麻生総裁は、自分さえよければ人はどうなっても良いという考えなのだからしょうがない。

 かつてない閉塞感が日本を今覆っている。

 その状態で、麻生総理は呑気に民主小沢の地元に遊説にお出かけだそうだ。

 党首討論で自分が醜態をさらしたことがよほど気になるのか、わざわざ小沢氏の地元を訪ねるとは何という猿知恵・・・。

 更に笑えたことは、マスコミでテリー伊藤などが言っていた「アメリカのオバマVSマケインみたいな党首討論を期待していた」というコメントだろう。

 これ以上に笑えるコメントはない。

 アメリカの党首討論は、あれは「選挙活動の一環」である。

 どちらがアメリカ大統領になるかの討論だったのである。

 ああいう討論を期待するならば、政局より政策なんて言えるわけがない。

 即、総選挙に突入すべきなのである。

 そうすれば、皆が期待するような舌戦が始まることだろう。

 何度も言うが、党首討論で政局は動かない。

 それをあたかも党首討論で政局が動くような、何か決定的なことが変わるようなニュアンスでミスリードをしているマスコミは恥を知るべきだ。

 物事をわかっていもしないのに、さもさもそれに精通しているかのようにコメントし世間に吹聴しているのはマスコミだ。

 マスコミは何か起これば金儲けになるのだから仕方ない部分もあるが、堅い話、国民生活を左右する政治の話を扱うのなら、もっと真面目に真剣にやるべきだ。

 そのことを知りながら党首討論の場に臨み、何度も何度も訥々と意見を述べた小沢氏には頭が下がる思いだ。

 我々国民も次の選挙までは何としてでも生き延びてみせるから、小沢氏始め民主党の面々にも頑張って欲しいと思う。

 それにしても、討論後「麻生総理の圧勝だった」とへらついた口調で言っていた自民党の細田氏の顔を見ると虫ずが走る。

 こんな意味のない党首討論をやること自体、価値がない。

 それよりも今もっとやらなければならないことは沢山あるはず。

 三万人越えの派遣社員の大量首切りや、医療費問題、更には年金運用の失敗によってたった2年で10兆円越えの損失を出したこと、・・・。

 その責任は現在政権を担っている与党、麻生総理を始めとする自民党、公明党にある。

 彼らはどう責任を取るのか?責任の取り方を知らないのだろうか?

 現政府がやっていることは全く今の時代に合っていない。的はずれ過ぎる。

 これらの問題を放置し続ければ、大変なことになって日本は荒んだ国になる。

 

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絶望という名の景気対策処方箋・・・

 ここのところ、我が国の総理大臣は外遊三昧で、国民生活に対する気配りゼロ、景気対策ゼロという印象が強い。

 翻って、イギリスやアメリカでは速やかに景気対策が話し合われていると言う・・・。

 オバマ大統領と言えば増税論者であり、金持ちに増税し貧乏人に分配するという公約で大統領になったはずだが、この未曾有の経済危機の状況で公約は果たせそうもないように見える。

 公共事業を打つという話も出ている。

 減税とか・・・。

 国民に我慢を強いるときにはあれほど諸外国の話を持ち出しておきながら、この手の話は全く取り上げられることはない。

 日本政府や麻生総理には危機感というものが欠落しているらしい。

 以前、私はアメリカ人の友人に日本の今の状況をメールで送ったとき、その人はその話にとても興味を惹かれたようで、「アメリカがそうならなければいいわ」と言っていた。

 そして、どうやら、彼女の不吉な予感は当たったようなのだ・・・。

 別のアメリカ人の友達が言っていたことが私の心に突き刺さる。

 「自分は60代だからそんなでもないの。でも、今から世に出る若い人たちが可哀想。今までのようなこと(好景気)は二度と来ないと思うから」

 このことは、一年前辺りから我が家でも感じ始めていたことである。

 最初は貧乏人から。

 そして、それらの人々がお金を使えなくなったことでお金の循環は滞り、じわじわと国内景気は下がり、今は中流と呼ばれた人たちもお金を使えなくなった。

 もしかしたら二度と再び景気が良かった時代、自分たちが普通だと思っていたような日本は戻ってこないかもしれない・・・。

 国が方向を変換してくれなければと何度思ったことだろうか。

 そして、そうこうしている内に、決して沈むことはないと思われていたアメリカの経済が今溺れかけている。

 これはかなりのインパクトである。アメリカ経済がこれほどまでに危機的状況におかれて、日本に影響が出ないわけがない。

 そのことはリアルには日本に伝わってくることはない。

 別のアメリカ人の友人の場合、すでにご主人は仕事を解雇されたという。

 それでもブッシュ大統領が失業給付金の延長にサインしてくれたとかで、それは彼女のご主人のような人たちに大きな助けとなったことだろう。

 アメリカでは刻一刻と人々は職を失い、家を失っていくそうだ。

 そのことで私の知り合いの友人は子供を残して自殺している。

 ニュースにならないだけで、この手の自殺は沢山あるんじゃないかとその人は言っていた。

 家を失った人々は、家族同然に飼っていたペットを手放さざるを得なくなる・・・。

 これが暗い現実だ。

 日本はこの状態に比べて良いのだろうか?悪いのだろうか?まだわからない。

 危機が自分のすぐ横にやって来るまでは計りようがない。

 知らず知らずのうちに若い人の殆どが派遣労働者になっていったように、国内中小企業や零細企業、個人商店の倒産は音もなく数が増加し、解雇された人々の数もまた膨れあがる。

 それらの人々はどこへ行くのだろうか?

 代わりの仕事や就業の機会はないに等しい。

 唯一、高齢の親族の年金だけが命綱となってはいないだろうか?

 このまま現政権が長生きすればするほど、国民生活のダメージは深刻化を増し、取り返しが付かないところまで行くだろう。

 その内の何万人かは文字通り生命線を絶たれる・・・。

 国民にはどうにも出来ないのだ。

 独裁政権や圧政に泣きながら、その国に留まるしかない国の国民のように・・・。

 英語が出来ることを手柄のように喜ぶ総理大臣と現政権が我々国民に与えるものは、不安と経済的苦境、そして絶望でしかない。

 この状態が来年の秋まで続くのだろうか・・・・・。

 一縷の望みがあるとすれば、アメリカが何とか景気を持ち直すことだけだ。

 そうすればアメリカに物を売ることが出来るだろう・・・。

 

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金のエンゼル当てた

 ここのところ景気が悪く、なーんも良いことがないなぁ~と思いながらも毎日を生きている。

 急激に寒くなって来たこともあり、庭の落ち葉を掃く気にもなれずにいる。

 そんな雰囲気の中、なにげに買った森永チョコボールで「金のエンゼル」を当ててしまった。

 一個70円のチョコボールを買うのに、数分迷った覚えがある。

 今年に入ってから買ったのは2個か3個だと思う。

 透明プラスチックの封を開けた時、危うくチェックするのを忘れるところだった。

 「どうせ当たらないだろう」と思っているから、そんなものだ。

 初めて見た金のエンゼルは、金箔のように光っていた。

 感動した。

 「おもちゃの缶詰」が欲しいと思ったのは今から30年以上も昔のこと。

 懐かしさがいっぱいだ・・・。

 子供時代の思い出は私の宝物なのかもしれない。10年前ならそんなことを思わなかったろうが・・・。

 夢は叶った。

 素晴らしいことではないか。

 子供時代の夢が叶うとは、懐かしさと共に格別な思いがする。

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厚生労働省元官僚連続襲撃事件

 昨日、元官僚の家が襲撃されたという。

 内、二名は命を奪われ、一名は重傷だという話だ・・・。

 そのニュースが流れて日本国内は異様な空気が流れた、ような気がする。

 秋葉原で無差別テロが起きた時とは全く異質なものだ。

 あの時は何の罪もない人々がただそこにいただけで凶行に遭い、怪我をしたり命を落とした。

 自分も被害に遭っていたかも知れないと多くの国民は感じたことだろう。

 あれから、日本人は鈍感になったのか?

 それとも・・・?

 今回、憂うことがあるとすれば、この国民の反応の冷たさだろう。

 年金関連で先頭に立った元官僚達が命を狙われる。

 そのことに対して、「何故だ!?」と真から疑問を抱ける国民など日本には存在しないだろう。

 年金に絡む公務員の不祥事や不手際、誠意のなさ、何をやっても罰せられることがほとんどない公務員の待遇・・・。

 それらが明るみに出れば出るほど、国民の怒りややりきれなさはもう飽和状態に達している。

 多くの国民にとっては、元官僚が数人襲われ命を落としたからといって、自分たちの生活には全く響かないし、「へぇ~怖いね」とテレビを見る程度だろう。

 年の瀬が迫るにつれ、日本の深刻な不況は容赦なく形を表し、多くの国民に絶望感を与えることだろう。

 その時、もしかしたら、自分が誰かの凶行に遭うかもしれない・・・。

 どうだって良いから凶行に走り、どうだって良いから人の痛みにも鈍感になっていく。

 今はそんな時代のようだ。

 とても悲しいことである。

 いつになったら世の中が良い方へ向かうのだろう?

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大麻に逃げる若者達

 このところ、大麻で捕まる学生が後を絶たない。

 有名大と呼ばれるところの学生が多いような気がする。

 何のことはない、自称インテリの学生達が金欲しさに犯罪に手を染めているということだろう。

 「俺らは頭が良いから、賢くサイドビジネスで金を稼ぐ」

 こんな考え方をする若者は昔から存在した。

 楽して金儲け。

 頭を使って金儲け。

 それはいつの時代でも若者の憧れである。

 こんな若者のお金に対する渇望は、大人の目から見ると痛々しく悲しい・・・。

 大学とは多くの若者にとって、初めて貧富の差を目の当たりし、体感する場所となることだろう。

 生まれが金持ちかそうでないかの差を思い知る。

 そして、汗水流し愚直に働いて生き、小銭を数えて暮らすような親の生き方を憎み、ひたすらに一発逆転を望む。

 大学生に詐欺に遭う者や、この手の犯罪に関わる者が多いのはそんな理由によるだろう。

 通常、若い人とは大体、16歳から20代くらいまでのことを言うと思う。

 一生に於いて本当にわずかな期間である。

 本来なら若木のように生き生きと光り輝いてなければいけない年代なのに。

 貧富の差は厳しい現実だ。

 そこから逃れることは誰にも出来ない。

 それならば、親も周りの人間も世間も今あるような拝金主義以上の価値観や生き方を、若者に提示しなければならないのではないだろうか?

 今世界がそのお金で大変なことになっている。

 金融至上主義が子供や若者達に悪い影響を与えている部分も大きいと思う。

 大人はもっと自分たちの地道な生き方に自信を持ち、胸を張って生きるべきだ。

 そのことが若者を助けるはずだ。

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麻生政権の経済対策と11月ショック

 今、麻生総理はアメリカにいるらしい。

 麻生総理が定額給付金を含む経済対策の発表をしたのはいつだったろう?

 10月30日のことである。

 あれから二週間が過ぎた。

 うちの商売に関して言えば、これまでのところ、この仕事を初めて以来最低の売り上げを記録している。

 我が家にとっては11月ショックと呼ぶにふさわしい状況だ。

 前月と比べて数分の一の売り上げとは、一体これは・・・・・・・・・。

 世界恐慌はあったが、何よりも国内の経済をここまで低迷させているのは、麻生自公政権の迷走に原因があるとしか思えない。

 緊急と言われたはずの経済対策は、一向に形にならない。

 嬉しいはずの一人1万2千円の定額給付金は、クリスマスや年末年始の予算に使えるかと思いきや、絶望的なほどに先延ばしにされ、下手をすれば年度をまたぐかもしれないという迷走っぷりだ。

 渡さないのなら渡さない方がよっぽど良い。

 渡されるのか渡されないのかわからないから、国民は買い物の予定が立たず、出費を控えるようになるのだ。

 解散総選挙もしかり。

 いつ解散するんだ?まだ解散しないのか?とズルズルと解散が先延ばしになり、任期一杯まで解散しないのか、それとも途中で解散するのか誰にもわからない。

 全く解散しそうもない国民の信頼を受けた内閣であるのなら問題はない。

 しかし、誰の目から見ても手詰まりで、脳死状態の内閣であるのだから、いつ何時生命維持装置が外されるか目が離せない。

 いまわの際に親類を集めたり、死んだら即お通夜や葬式の手配をしなければならないのだから。

 こんな状態でダラダラやられたら、緊張の糸は切れ、精神は疲弊するだけだ。

 今年も秋までずっと景気は低迷を続けた。

 けれどもここまで悪くなるとは予想だにしなかった。

 ガソリン代が安くなってから、家の周りのガソリンスタンドはいつも車が数台入っている。

 ショッピングモールの駐車場にも車が戻ってきた。

 それなのに、何故、政府はその弱々しくも動いている国内景気の息の根を止めるような事をするのだろう?

 高速道路1000円乗り放題の話も、一体いつになるのだろう?

 少なくとも今年の年末年始の里帰りには使えそうもない・・・。

 消費税増税の話だけは必死に進め、国民に増税を容認させるような雰囲気作りに懸命である。

 消費税だけでなく、ありとあらゆる増税を模索しているように見える。

 増税はすべて国民になされ、大きな企業は減税の恩恵を受け、役人は予算を使い放題・・・。

 この日本が日本ではなく、昔のソ連や中国のような共産圏の国のように見えることがある。

 政府トップや役人関係者、ある特定の財閥などの特権階級が存在し、国民は一律に支配され家畜のように生きるしかない国・・・。

 絶望感さえ感じてしまう。

 なんとかして民主党に頑張って貰い、政権交代を実現して欲しいと心から思う。

 国民の一人一人も自分たちを取り巻く状況を直視し、本音で考えなければ駄目だ。

 「誰がやっても同じだから」なんて泣き言や逃げは許されない。

 自分が持つ一票の権利を行使しなければ・・・。

 もうじきクリスマスや年末がやって来る。

 心弾むような話は多分聞こえてはこないだろう。 

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民主主義の非情

 アメリカの大統領選を見て、民主主義の非情というものを思い知らされた。

 私には共和党支持の多くの友人と、民主党支持の少数の友人がいる。

 当然、オバマを支持した人たちは今、期待と希望でいっぱいである。

 一方、負けたマケインを支持していた人たちは、これから来る4年の年月に戦々恐々とし、マケインの敗因理由を分析したり、来るべき不幸についての憶測が飛び交っている。

 それもそのはずなのだ。

 オバマ支持者とオバマ不支持者の利益は相対する。

 オバマ支持者はオバマの掲げる政策によってメリットを受け、それ故に投票もした。

 逆に、マケイン支持者はオバマの掲げる政策によってデメリットを受けるか、あるいは受けると思っている。

 そのコントラストは強烈である。

 大統領選の勝ち負けは、候補者の勝ち負けだけでなく、支持者の勝ち負けでもあるのだから。

 そして、二大政党制のアメリカでは、4年に一度政権が取り替わる可能性がある。

 そのことを日本人はじっくりと考えなければならない。

 国民は選挙権を持っている。

 投票行動だけが一般の国民が民主主義に参加できる機会なのである。

 そこで自分が支持する政党を選ぶ。

 選挙の結果、支持者が多い政党が政権政党となり、国を動かすことになる。

 自分にとってメリットのある政党が政権を取ることが、自分たちの生活にとって一番重要なことなのである。

 民主主義とは多数決で動く。

 多数決で負ければ、自分たちの意見は通らないのだ。

 そのことを実は日本人は痛いほど経験している。

 先の小泉郵政選挙がそれに当たる。

 国民の熱狂的な支持を背景に、まさに出来ないことはない状態の小泉総理を止められるものは誰もいなかった。

 選挙前に言ったことと実際に起きたことが違っていたのだから、小泉自民党に騙されたのは確かだが、それを選んだのは大多数の国民ということになる。

 そこにも日米では大きな違いがある。

 オバマ大統領は金持ちから貧乏人へ富の再配分をすると言って当選したが、あの小泉自民党は「国民に痛みを与えること」を公約して当選したのだから。

 この差は果てしなく大きい。

 自分にとって利益になることで投票する人間と、自分に不利益になることでも喜んで投票する人間の違いは理屈では計れない・・・・・・・・・。

 日本国民はそこのところを真剣に考える必要がある。

 言葉で語られること、文章に書かれた事の裏を読み、精査することが大事だ。

 そこまで出来なかったとしても、国の将来とか、財政とか、本来国民には全く責任が掛かってこない部分に首を突っ込むよりも、なによりも、自分たちや自分たちの今ある家族にとってプラスになるのかマイナスになるのかということを真剣に考えなければならない。

 たとえば消費税増税が実行されれば、即座に国民の可処分所得が減ることを意味する。

 5%の増税であれば、月10万消費するとして、年に換算すれば実に6万もの増税となる。

 家庭の主婦は年間数千円の節電に励んでいるのではなかったのか?

 そんな節約なんて軽く吹っ飛ばす勢いの増税が来ると自民党は言っている。

 日本人は物わかりの良い国民になる必要はない。

 まだ見ぬ子孫のことや国の破綻を心配するよりも、自分たちの生活や今いる子供達の未来の心配をすべきだ。

 国民は呑めない要求には「NO」を言うべきだ。

 消費税を例に取れば、次の選挙で自民党に投票すれば、もれなく消費税増税がやって来ることになる。

 それを防ぐにはどうすれば良いのか?

 誰にでも出来る一番簡単な行動は民主党に投票することである。(実際問題として、他の野党に入れても政権政党になることは無理なので)

 それだけで足りなければ、身近な人に色んな話をすることで政治活動をして一人でも二人でも支持者を増やせば良い。

 普通の国民が政治活動をするなんて、「ありえなーい」気もするが、アメリカ人は普段からメーリングリストなどで活動をしている。

 人集めに自信があれば、票をまとめる事も可能だ。

 それは、今、自分がどれだけ日本の政治によって困窮しているか、そのことで怒りを感じているかの度合いにもよることだろう。

 民主主義とは非情だ。

 選挙で勝った与党の作る政策は実行されるが、野党は何ら実行力を持つことが出来ない。

 よくマスコミが言う「数の論理」、それこそが民主主義という名の多数決の原則なのだから。

 

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小浜市のオバマ応援フラダンスに思う

 私にはオバマ大統領支持のアメリカ人の知り合いもいるのだが、その人に小浜市オバマ応援フラダンス映像を送ってあげて喜ばれた。

 その後、小浜市のホームページなどをチェックしてみたが、商魂たくましい市だ。

 いかに観光に力を入れているかがわかる。

 今の時代、そうやって何でも積極的に打って出ないと、お金を得ることは出来ないのだろう。

 全世界に配信されたというオバマ応援フラダンス映像だが、私はとても気に入っている。

 北朝鮮の喜び組だとか言って嫉妬している外国メディアもあるようだが、あんな風に楽しそうに馬鹿騒ぎしている姿はとても幸せそうに見える。

 オバマ大統領にも響いているではないか。

 思わぬところで役に立っている。GJ!と言わざるを得ない。

 自分たちが信じた方向へとにかく突き進む。

 無から何かを作り出すエネルギーは見習わなければならない。

 この鬱屈した辛い時代に大したものだ。

 私も明るく頑張ろう!と思った。

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プラダンという名の防寒対策

 去年の冬から灯油の値段が上がり、寒くて辛かったことが思い出される。

 今年もその寒くて辛い季節が巡ってきた・・・。

 居間に新しくエアコンを取り付け、思いがけなく暖房の効果が高いと喜んでいたのもつかの間、ここ数日の寒さは半端じゃなかった。

 設定温度を28度にしても、足下の寒さは耐え難いものがあった。

 部屋のあちこちに手をかざし、照査した結果、矢張り、寒気は窓からやって来るものらしい・・・。

 窓に何か防寒対策をしようとは、去年から考えていたことである。

 プチプチを貼るというのはイマイチ感が否めない。

 そうだ!あれを利用しよう!

 と思いついたのは、プラダン(プラスチック段ボール)という資材の一種だ。

 畳一畳大の段ボール形状(中空)の薄いプラスチックの板である。

 薄いのでカッターナイフで簡単に切れる。

 書類を送る際に、これに挟んで封筒に入れて送れば折り曲がる心配はないので、前から仕事で使っていた。

 その一番薄い、一枚198円のものを購入し、早速、窓とカーテンの間に差し込んだ。

 横にして、丁度、掃き出し窓の下半分くらいまでがカバーされる。

 半透明であるため日の光は遮らないので、部屋の中は暗くなることもないし、レースのカーテンの裏にあるため目立たない。

 その効果には驚いた。

 エアコンがビンビンに効き、暖房の設定温度は21~24度程度でOKなのだ。

 すきま風も、前のような凍えるような冷気はなくなった。

 下手をすれば暑いと感じることさえある!

 居間の他にも一階の縁側にも同様に設置したのであるが、家の中全体の冷気がなくなったような気がする。

 居間から廊下に出ても、以前のようなビン!とした冷気がなくなった。

 我が家は古く、台所などは0度になることがある。

 東北の我が実家では冬でも室内が10度以下になることはないのに・・・。

 これからが冬本番である。

 この超安上がりの防寒対策が大成功することを祈る。

 まだまだ灯油代は高い。出来れば、空気も汚さないエアコン暖房で冬を乗り切りたいものである。

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オバマ大統領

 しばらくの間、アメリカ人たちと交流が途絶えていたせいか、選挙間近で共和党支持者たちがテンパっているのが印象に強かった。

 が、私の知っているアメリカ人の中でも、黒人系の人たちはもれなくオバマ支持であった。

 このことは大きい。

 その黒人系の中には十分リッチな人も含まれる。

 おそらくは、オバマ大統領は、格差社会の底辺層、中流から下へ落ちてしまった層の支持、そして黒人系の支持を集め、それが圧倒的な人気につながったのだと思われる。

 ブッシュ政権が8年も続いたことによる反動と言えるのかも知れない。

 銃規制についても、オバマを支持しているある人は、オバマを熱烈に支持し、何らかの変革を期待しているのにもかかわらず、銃規制法案が出れば絶対に反対すると思われる・・・。

 オバマ氏に流れた層には、ただブッシュ政権にウンザリしたという人たちも数多く含まれていると思う。

 これは一体何を意味するのだろうか?

 日本の現状に似ていなくもない。

 人々が政権交代に求めるものは、「現状打破」それなのだ。

 それは「気分」なのかもしれないし、半端のない現実から生まれる感情なのかもしれない。

 アメリカは日本の比ではない格差社会だ。クラスによって住む場所も世界も違う。

 私の知っているアメリカ人達は、その一部に過ぎない。

 犬を飼い、広い家を持ち、お金の掛かる趣味を持ち、馬を飼い、家の他に膨大な牧場を持っている人さえもいる。

 悪名高いアメリカの医療保険制度を肯定する人さえもいるのだ。

 その一方で、お金のない人たちは軍隊のような危険な職を選ばざるを得ない状態だったりする。

 そんな国でサバイバル競争をするのは私なら嫌だ。

 オバマ大統領が富の再配分を詠っているであれば、中流以上の人たちはしばらくの間は憂き目に遭うかも知れない。

 そうだとしても、民主主義がある限り、いつかは別の政策を掲げる大統領が取って替わる希望もある。

 それが大事なのだ。

 今後アメリカがどういう方向へ向かって行くのかは知らない。

 社会主義になることなく格差を解消する術があるのかどうか?

 アメリカのような人種のるつぼの国で、日本のようなある程度の「怠けない、サボらない、ズルしない真面目に働く国民」を期待することは不可能だからだ。

 でも、それが上手くいかなかったら、次は別の方向を試してみればいいのだ。

 今回の選挙は、日本人にそのことを教えてくれるはずだと思う。

 黒人初の大統領ということは余り重要ではない。重要だと考えるとすれば、黒人層はほとんどが黒人大統領を支持しているという一点のみだ。

 民族、人種の結束はこのように強い。

 多くの人種が同居する国にあって、そのことが意味することは大きい。

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定額給付金に思う

 先日、麻生総理が青いカーテンを背に緊急経済対策なるものを発表した。

 その中に定額給付金を各家庭にもれなく配るという話があった。

 一人頭1万2千円とか何とか。

 高齢者と18歳未満の子供にはそれぞれ1万円上乗せされるという話も聞いた。

 はてさて、本当に実施されるのかどうか?

 眉唾物だな~と思わずにはいられない。

 この年末に向かって押し迫った時期に、口座に振り込むのか、窓口で手渡すのか、期限付きの金券なのか現金なのか、具体的な話は一つも決まっていない。

 中身は違うが、年金の件だってあれだけ時間が掛かって一向に進展していない。

 この国民に定額給付をするために一体どれほどコストが掛かるものなのか?

 疑問は幾らでも湧いてくる。

 国会を通して決めなければならない法案であるならば、今の状況で民主党や野党がすんなり法案を通すとは思えない。

 解散詐欺にあったのか、単なる見込み違いだったのかは定かではないが、麻生総理に解散する気はさらさらないと悟った野党は、国会では一切与党の手助けはしないだろう。

 元々手助けをする必要などないのだ。

 お互いに考え方が違えば掲げる政策も違う。

 意見が違うのだから、話し合ったところで平行線だ。

 残念ながら多くの国民はそのことを失念している。

 数を競い、勝ったものの意見が通ることが多数決の論理であり、民主主義なのだ。

 そのために必要なのが選挙なのである。

 ということで、私の観測では、定額給付金が実際に配られるには時間が掛かるか、あるいは配られないで終わるであろう。

 そして、その話が自然消滅したとしても、消費税増税の話だけは決して立ち消えになることはない。

 それこそが、政府自公政権と官僚が望んでいることだからだ。

 消費税増税の話を折りにつけ、国民に訴え、じわじわと国民を洗脳する。

 「しょうがない」と思わせたら、政府の勝ちだ。

 世の中にはお人好しの人間が数多くいて、もっともらしいことを言われれば安易にうなずいてしまう。

 そして、後からやってきた痛みの大きさに呆然とするのである。

 そのことは小泉改革の時に一度体験済みのはずなのだが・・・。

 果たして、その痛みをもう一度強く拒否することが出来るのか?それとも、家畜のように飼い慣らされていくのか?

 国民は今一度自分の身になって考えなければならないだろう。

 痛みというものは個人的なもので、自分にしかわからないのだから。

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