鳩山不況 -- この世に無血革命などない

 今、私は史上最悪の経済状態に直面している。

 私のみならず、多くの日本人が今その事態に直面していることだろう。

 これが人が言うところの「平成維新」「平成革命」が人々に与えた影響だ。

 確かに革命である。

 世の中がひっくり返って、今まで真面目に働いて食えていた人々が食えなくなったのだから。

 それを無血革命のように言う人がいるが、とんでもないことである。

 世の中がひっくり返って血を流さない人がいない訳がない。

 まず、公共事業を止めればそこに携わって生活していた人々の生活は直ちに脅かされる。

 それを是としたのだから、民主党支持者たちは、矢張り人々の血が流れることを承知して革命を望んだことは間違いない。

 国民に痛みを押しつけた小泉政治はもう二度とゴメンだが、自分に痛みが来なければ、他人が受ける痛みには頓着しない・・・。

 まして、自分に痛みの変わりに「現金」が与えられるとすれば・・・。

 この大衆の考え方に合致したのが、今存在している鳩山民主政権なのである。

 増税もしかり。

 消費税増税はゴメンだが、自分に関係ない税金、たばこ税、環境税ならOKだ。まして、その人たちの払いのお陰で自分たちが増税を免れるなら・・・。

 その考え方が日本中に蔓延しているからこその「平成維新」なのである。

 日本には大きく分けて二つの相容れない階層が出来てしまったようだ。

 物を持つ者と物を持たざる者と。

 それは金持ちと貧民の二層ではなく、同じ庶民の中で、やや余裕がある層と余裕が全くない層とが対立する構図となっている。

 たとえば、自家用車を持たない人々は、自家用車を持っている人が増税に苦しんだり、その結果車を手放し自分たちと同じ立場になれば満足なのである。

 これは日本社会、そして日本経済に甚大な影響を与える。

 そして、又、増税し放題という状況を政府に与える。

 一時のカタルシスを味わい、あとは地獄が待っている。

 行き着く先は、持つ者も、持たざる者も、共に逃れられない地獄行きだ。

 民主党の提示する案は実に明解だ。

 たとえば医師の診療報酬だが、開業医は勤務医に比べて勤務時間が短いのに収入が多いのはけしからんと言い、結果的に収入が低い方へ均して「平等」を謳う。

 これぞまさしく共産主義的考え方である。

 ロシアや東ドイツの共産主義が崩壊した時、共産主義が立ちゆかなくなったからではなかったのか?

 それを今、世界大恐慌に狼狽え、資本主義の崩壊だと叫び、その共産主義を今民主党はやろうとしている。

 過去に学ばない者は何度でも同じ過ちを繰り返す・・・。

 その先にあるものを想像すると、少子高齢化解消どころか、子供を産んだことを後悔する世界が待っているような戦慄さえ覚えてしまう。

 何のために民主党の政治家はイギリスやヨーロッパへ研修に行っていたのだろう?

 人は何でも悪いものから覚えるとよく言われる。

 彼らは悪いものから覚えてしまったのかもしれない。

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年金制度崩壊の日 -- JALの企業年金の減額

 今、沈没しかけた大企業JAL救済を巡って、大変な問題が起きている。

 JALに公的資金を入れる条件として、JALの今すでに退職者達に支払われている企業年金を減額するというのである。

 これは一体何を意味するのであろうか?

 ずばり、年金制度の崩壊を意味する。

 国や政府がこれをやってしまっては、年金の信頼性はゼロになる。

 よく現在支払われている年金は今の現役世代が負担しているとは言うが、年金受給者は将来支給されるという約束の下、応分の年金を長年払い続けてきて今があるのだ。

 その約束が反故にされることの意味は大変に大きい。

 年金に対する信頼性が失われた場合、年金を払う意味はなくなる。

 将来、いつでも減額されたり、支給がなくなる可能性がある年金など、誰が信頼しようか。

 安心の年金とはほど遠い話だ。

 この法案に関しては、長妻氏は最後まで抵抗したとニュースで言っていた。

 それはそうだろう。

 国民に安心の年金を与えるどころか、今回の話は大いなる裏切り行為であることを彼は認識しているのだろう。

 支払われている年金の金額が庶民感情から見て高額である。

 ただそれだけの理由でJALの年金は人身御供にされようとしている。

 国民はそのことの是非を冷静に考えるべきである。

 明日は我が身の話になることは、ほぼ間違いないのだから。

 自分が退職した後会社が倒産した場合、年金が減額されたり支払われなくなるとしたら?

 年金の多寡に惑わされず、そのことの意味をよく考えてみるべきだ。

 民主党が間違った判断をしないことを求める。

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知床旅情

 森繁久弥が96歳で亡くなったという。

 その報道の中で、知床旅情が彼の作詞作曲であったということを知った。

 私は実は北海道の生まれである。幼い頃、何年かを北海道で過ごした。

 知床旅情は父が好きな曲で、テレビから知床旅情の曲が流れてきたとき懐かしい何とも言えない思いがした。

 この頃、北海道時代の事をよく思い出す。

 私の北海道の思い出は、すなわち我が父と母の若い親時代の思い出である。

 父と母がいかに夢と希望に満ち、子供と一緒に未来に向かって歩んでいたか。

 古いアルバムの写真の中で、小さな子供と一緒に写る両親の笑顔を見て容易に想像することが出来る。

 北海道の思い出は、又、昭和の思い出でもある。

 板塀。空き地。材木置き場。そして、土の道路。

 社宅の玄関前のコンクリートのたたきの上に裸足で立っている自分の写真があるのだが、そのコンクリートの冷たい感触を今も私は覚えている。

 それらは現実にそこに存在し、私自身の体験となっているはずなのに今はない。

 今ないものはまるで最初からそこになかったかのように見える。そして、その思い出は夢に似てくる・・・。

 実体がないのだから、記憶がなくなってしまえば消滅するだけだ。

 そのことをこの頃よく考える。

 愛しいもの、懐かしいもの、慣れ親しんだものが、静かに一つずつこの世から消えていくような寂しさを感じる。

 それらのものが全くなくなってしまえば、もはや生きる意味を見いだすことは出来なくなるだろう。

 だから、私は思い出にしがみつく。

 森繁久弥の訃報を受けての森光子がインタビューで見せた、呆然とした狼狽えたような顔が忘れられない。

 今、多くの日本人があんな表情を浮かべて、呆然と立ちつくしているように思えてならない。

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鳩山不況 -- どこまで落ちるのか、日本の景気は???

 国会の予算委員会が始まり、ボロボロと鳩山民主政権のメッキが剥がれていく・・・。

 それ見たことか!

 やっぱり!

 なんて言っていられる人は幸せな人だ。

 麻生政権で出された補正予算の執行は止められ、日本経済はただ今絶不調のどん底に落ちていく途中にある。

 選挙、民主主義とはこのように恐ろしいものなのである。

 我が身を振り返ると、去年の秋、未曾有の金融危機が起こったのにもかかわらず、今年の夏までは売り上げが堅調だったのは、自公政権の景気対策によるものだったのかもしれない。

 その時は全くそうは思わなかったのだが・・・。

 今となってはそうとしか考えられない。

 政権が変わって、この恐ろしいほどの売り上げの落ち込み・・・。

 年末まであと2ヶ月の辛抱だ・・・なんて言えない。

 何故ならば、年が明けたら政権交代が起こる訳でもなく、何ヶ月でもこの調子で恐ろしい不景気地獄で生き抜かなければならないのだから。

 なんでこんなことになってしまったのだろう。

 狐につままれたような思いがしている。

 あれほどに国民が自公政権にウンザリして、政権交代を望んだ結果がコレだ。

 「まだ始まったばかりだ」なんて言わないで欲しい。

 まだ始まったばかりの間にも倒産、自殺、ノイローゼ、失業、それらのものは容赦なく国民に襲いかかっているのだから。

 あり得ないほどの絶望感。

 鳩山総理、あなたが私に与えたものはそれですよ。

 こんな訳のわからない、自分の友愛理論に酔っているだけの能なし政治家が、あんなにもよく見えて国民の支持を集めたということがただただ苦い。

 生活苦で崖っぷちに立たされた大多数の国民が、こんな怪しい人間の導く方向へ進んでしまったとは・・・。

 金が欲しい。だから、金をくれるという党に投票した・・・。それが今回の選挙の総括である。

 そして、民主党の向こうを張って出せもしない金を提示しなかっただけ、自民党は意外にも堅実で誠実であった・・・と。

 助かる道は一つしかない。

 壊滅的なダメージを受けた自民党が、民主党の公約が実現不可能であることを国民にわからせることだ。

 二大政党制。

 それが成り立つ国もあるだろう。

 だが、それが成り立たない国もあるのかもしれない。

 私は形にはこだわらない。国が上手く回り、国民が自由に幸せに暮らすことが一番大事である。

 社会主義みたいな官僚主導をずっと嫌だと思ってきたが、民主党の示す方向は更に恐ろしい。

 何故ならば、私が長く常識だと思ってきた日本の社会通念などを越えたところに彼らは生きているからだ。

 国民が家畜化された共産主義社会の到来を感じてしまう。

 一刻も早く政権交代を望む。

 兆しだけでも良い。年内にこの政権が終わりそう・・・という兆しだけでも見られれば、景気は持ち直すだろう。

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鳩山民主党は嘘つきか、ペテン師か?

 今、煙草の税金が上がる話が出ている。

 民主党の鳩山総理も長妻厚労相も煙草増税には肯定的な発言をしている。

 「はぁ~~~~~?」だ。

 政権が発足してから早2ヶ月。

 新政権が今までに成し遂げたことは一つもない。

 マニフェストに謳った八ッ場ダムの工事中止も、最初の前原大臣の「中止」宣言までは大変結構だった。

 しかし、地元住民や関係者、複数の知事らの反対に遭い、今は宙ぶらりんの状態で一歩も話は進んでいないように見える。

 沖縄の基地問題はもっとひどい。

 すでに暗礁に乗り上げてしまった観がある。

 日米関係についても同じく。対等の日米関係を築くという勢いは今はどこにも見られない。

 東アジア共同体構想も、いつの間にかアメリカも仲間入り。どこが東アジアなんだか?

 思いやり予算にしても、話が決定したときには前と何も変わっていなかった・・・という結果になりそうだ。

 そして、母子加算。

 元に戻すという話は何回も聞いた。しかし、一向にそのお金は母子家庭に届く気配はない。

 後期高齢者医療制度を廃止するという話も同じく。廃止するという話はなくなり、新たな仕組み作りをするとか言っただけで何も動いていない。

 あの事はなくすと言っていたのではなかったのか?

 このグダグダの状態で、いきなりの煙草増税話が登場した。

 これは何を意味するのか?

 ずばり、今のままでは財源が足りないから、国民から幾らでも税金として金を徴収したい。

 そのことしか考えられない。

 マニフェストで生活のきつい国民に対してバラマキを約束しておきながら、財源は大丈夫だと豪語しておきながら、実は金欠で資金繰りに四苦八苦しているのが本当のところだろう。

 この調子でどうやって子供手当を国民に撒くのだろうか?

 そのために幾らの増税が必要となるのか?

 最初に煙草を持ってきたところは実に狡猾である。

 前に出た配偶者控除の廃止と共通するものがある。比較的余裕のある、ある一定の人々をターゲットにする。

 貧困層のガス抜き効果を狙っているとしか思えない。

 そして、また、前政権が末期に打ち出した補正予算は停止。新たな補正の検討すらしない。

 この厳しい年末に向けての時期に経済対策を一つも打たない。

 そのくせ「今年は派遣村は作ってはならない」と言っている。この矛盾。

 どこに根拠があるのだろう?

 鳩山政権が考えている将来像って何なのだろう?

 マニフェストは実現不可能なことの羅列なのか?

 来週から始まる予算委員会では、野党は徹底的に財源問題と今現在の政策について徹底的に追求すべきだ。

 そして国の現状を国会の場で明らかにすべきである。

 当てずっぽうな財源とか、安易な増税とか、マニフェストの違反などは許されることではない。

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10月の景気

 我が家の景気は8月が悪く、9月はやや持ち直し、そして10月はかなり悪化した。

 考えられることはただ一つ。

 巷で言われていた、二番底が来ているということだ。

 何故、それがマスコミで話題にならないのか不思議でならないが、8月からあらゆる業種で解雇が拡がっているのではないだろうか。

 テレビ番組を見ればよくわかる。

 テレビ局は明解なコストカットを行い、ギャラの高いタレントをキャスターから次々に外して局アナをそれに当てている。

 大きな会社のコストカット、人切りは、ドミノ倒しのように周りに連鎖して国中で人が解雇されていく。

 職を失った人々、家や工場、店舗を失った人々の行く先が語られることはない。

 それらの人々は静かに表舞台から消えて、どこで何をしているのか?

 それらの人々が市場社会から去ったことにより、生き残った者たちが分け合い、競争で取り合う全体のパイの大きさは縮小する。

 生き残った者たちも又、前よりも少なくなった収入で厳しい遣り繰りを強いられる。

 それはまるで生きるも地獄、死ぬも地獄のような、大変に厳しい状況である。

 今の状況を見れば、夏以降、景気が今までの分が一気に加速して落ちているとしか思えない。

 日本の貧困率が発表されたとき、「そんなでもないじゃないか」と思ったが、その後で見た「就職できない高校生」のテレビ番組を見た時、本物の貧困が日本社会を覆い尽くしていることを知って愕然とした・・・。

 昔、苦学してでも学校へ進学した理由は、その先に就職があったからである。

 就職することによって、それまでの貧乏が取り返せる可能性や夢があったからである。

 今は多くの子供達にその道が閉ざされている。

 ネットの書き込みを見ても、「化粧品を買うお金がない」「服を買うお金がない」「食べ物にお金を掛けられない」「結婚できない」「職がない」「親にお金がない」・・・という投稿が目につくようになった。

 これまで経験したことのない貧乏に押しつぶされそうな女性の叫びが聞こえてくるようだ。

 救いを求めているのは派遣切りされた若者だけじゃない。

 多くの場所で、あらゆる業種で、人々は収入減に苦しみ、出口のない不況のトンネルの中でうずくまり、不安で戦いている・・・。

 今、日本の景気の状況がどのようなのもであって、それに対して国はどういう対策を打つのか?

 国民が知りたいことはそれだと思う。

 たばこ増税だとか、環境税だとか、二酸化炭素削減目標はその次にあるものだろう。

 派遣村を救うのは結構なことだが、今のままでは生活保護者を増やすばかりで未来がない。

 それよりも先に、その上にいるギリギリの状態で普通の生活をしている人たちをまず救うべきだと思う。

 直接的に日本の未来を作っていく人たち=子供達はそこにいるはずだからだ。

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デートで割り勘とは・・・

 この頃、ネットで盛んに議論されていること。

 デートで割り勘しては何故悪いの?とか何とか・・・。

 要するに、男性が女性を食事に誘った際、支払いは割り勘でお願いします、という男性が増えているということなのだ。

 嘆かわしいが、不思議ではない話である。

 異性とデートする年代の男女に今一番不足しているのは「お金」だからだ。

 気の毒なことだ。

 その悲しい現実の中、割り勘を声高に肯定する人の多くは、割り勘を肯定する家庭で育ったと思われる。

 つまり、「自分の食い扶持は自分で稼ぐ」を旨とする、働かざる者食うべからずの家庭環境だろう。

 子供に無条件で愛情を与え、子供が欲しがる物を「もう、しょうがないな!」なんて買い与えるような家庭とは違い、子供達は欲しいものは自分のお小遣いの範囲内で買うか、あるいはバイトをしなければ買うことが叶わない。

 「もう、しょうがないな」が出ないのだからしょうがない。

 やがて学費もバイトで稼ぐか奨学金という名の借金をして賄う。

 何故か?

 親にお金の余裕がないからである。

 これほどに惨めで辛いことがあるだろうか?自分の血を分けた子供に欲しい物を買い与え、喜ばせることが出来ないのだから。

 親たちはその現実から目を逸らし、子供らには言い訳をし始める。

 「自分の欲しい物、自分がやりたい事のために自分でお金を払うことが一番尊いことなのだ」などと子供に教え込む。

 それは子供が学校を卒業して、就職してからの話だろう・・・。

 その親のクセは見事なまでに子供に伝承された。

 「男女平等の時代、支払いも割り勘ですることが正しいあり方だ」とか、「今の時代の常識だ」とか、言い訳だけは一人前だ。

 自分たちの保身のために、理屈を張り巡らせて自己防衛に必死な姿が哀れでしょうがない。

 お金がない故に、自分が大事にしているものにさえお金を使って喜ばせることが出来ない。

 この苦くて厳しい現実から目を逸らし、言い訳して、その先に何があるのだろうか?

 一時の心の平穏だろうか?

 誤魔化しても誤魔化しても、その現実から逃れることは出来ない。それを知っているのは自分自身だからだ。

 苦しいから逃げているのは自分自身だからだ。

 苦しいなら何故苦しいと言わないのだろう。

 親がお金がないのを知っているから、欲しい物を欲しいと言えなかった悲しい子供の心のままで今も生きているのか。

 それでは駄目だよ。

 「俺だって好きな女の子に美味しいご飯をご馳走してやりたい。そして、笑顔でご馳走様と言われたい。それが出来ない現実が苦しいんだよ」と言わなければ駄目だ。

 そうしなければ、予算の枠内でしか生きられない割り勘人生を歩む人と、奢り奢られの広がりある血の通った人生を歩む人とが二層化するだけだ。

 今よりも日本がまともな国だったころ、学生時代は割り勘であっても、社会人になれば人にご馳走したりと、ステップアップしていくことが出来た。

 大きくなって働いて親に楽させてやりたいとか、好きな物を買いたいとか、そういう子供の心を踏みにじったものは何なのか。

 若者から夢を取り上げてしまった物は何なのか。

 それは、長く続いた自民政権が日本という国にもたらした大きな禍である。

 若者達のすべての根が腐ってしまわない内に、国が再建されることをひたすらに望む。

 そうしなければいけない。

 何故なら、割り勘の連鎖は世代を超えて受け継がれることになるからだ。

 言い換えれば、それは貧困という名の生き地獄の連鎖である。

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マニフェストは選挙公約 -- 選挙の結果を尊重しないマスコミとは?

 ここのところ、と言うか、民主党が政権与党になってから、延々とマスコミの民主党ネガティブキャンペーンは続いている。

 国会が近付くにつれ、ラストスパートを掛けるかのように連日連夜ネガキャンを繰り広げているのには呆れる。

 マスコミは何がしたいのだろうか?

 民主党の足を引っ張り自民党を応援しているのだとすれば、下品な表現で言えば屁が出ちゃうくらい笑っちゃう・・・だ。

 参院選で結果が出るまでは1%の可能性でも自民党を応援する姿勢には呆れるばかりだ。

 そんなに政権交代した民主党がマニフェストを守ることで損を被ることがマスコミ関係にあるのだろうか?

 その結果、国民は不安を抱き、景気は下がり、巡り巡ってマスコミ業界も広告収入が激減しリストラの憂き目を見るだろうというのに・・・。

 マスコミがやっているのはテレビや新聞という強力なツールを使い、国内に根拠のない不安を振り撒いていることだから、犯罪行為ではないだろうか?

 選挙で決まった結果に文句をつけ、あわよくばそれを覆そうとする。

 ああ、まるで後進国でよくある光景ではないか。

 選挙によって民意が表明されたわけであるのに、後から色んな理屈をつけて、「国民はそんなつもりで投票したわけではない」なんて公共の電波で垂れ流す。

 マスコミは表現の自由という名の下で、平然と民主主義を否定している。

 しかも、「それは民主主義に反する」などと言って民主主義を否定しているのだから質が悪い。

 教養を感じさせるオシャレでクリーンなスタジオのインテリアの中でアナウンサーがニュースを読み、傍らには高学歴の出演者がいて、彼らは報道機関で立派な肩書きを持っている。

 そういう雰囲気を作って見る人にある一定の印象を与えつつ、訴えられない程度に脚色や自分の私感を混ぜて政治や経済について報道する。

 ニュース番組の中には全くもってひどい妄想をあたかも現実のように語り、見ている人を不安にさせるように誘導しているものもある。

 深刻な表情をして、出ているゲストやMC、すべての出演者が大合唱している様は怪しい催眠商法のような観さえある。

 高学歴なMCが経済について全く根拠のないとんちんかんな持論を、あたかも現実のように今日も喋っていた・・・。

 何故、マスコミは国民の支持を受けて選挙に圧勝した民主党のマニフェストにケチをつけ、何が何でもマニフェストを実行させまいと邪魔をするのか?

 自民党が与党であった時にはあり得なかった光景が連日テレビで放映され、本当に驚いている。

 自民党時代、これほどに事細かく予算について掘り下げて、テレビの報道番組で取り上げられることはなかった。

 マニフェスト(選挙公約)についてもそうだ。

 「選挙に勝ったからと言って、マニフェストを実行するなんて傲慢だ!!なんて非道な!!!!!」

 テレビが言っていることは、こんな事だ。あり得ないほど常軌を逸した報道が平然となされている。

 マスコミは民主党が与党になって、大変な損害を受けているか、今後受けるのか、そのどちらかであることは間違いなさそうである。

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太るお菓子、太らないお菓子

 私は普段、食前と食後にオヤツを食べる習慣になっている。

 お気に入りのお菓子はカナディアンメープルシロップクッキーである。

 これは甘い。

 カナダの国旗の葉っぱの形をしたクッキー二枚に、あま~~~いフィリング(クリーム)がサンドされている。

 かなりこってりした味なので、一枚、二枚食べれば「もういっぱい」と思う。

 これを一日にトータル4、5枚は食べているのではないだろうか?

 その他にプリンかヨーグルトを一個。

 そして、買い置きがあれば、常温保存が出来る小さなカップケーキのお菓子やそれに類するお菓子を一個。

 プラス、ポテトチップスの小袋を夫と一緒に。

 これらを毎日食べている。

 どのお菓子も愛犬と分け合って食べるので、思ったほど食べている量は多くはないのかもしれない。

 この程度の量では太らないようだ。

 夜中に食べても特に変化は見られない。

 ところが、食べれば太るお菓子というものがある・・・。

 米菓と呼ばれるカテゴリーに入るお菓子がそれだ。

 柿の種、揚げせんべい。この手のお菓子は間違いなく太る。

 甘くないので「もういっぱい」の基準が定まらないというのもあるし、矢張り米菓なので、お米を沢山食べるという計算になるのかもしれないし。

 太るし便秘にもなるのだから困ってしまう・・・。

 なので、今は米菓やそれに類するお菓子は食べていない。

 甘いお菓子を好きなだけ食べて太らないって幸せだなぁ~と思う。

 アイスクリームも太るお菓子だと思う。

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東京オリンピック、残念! でも、良かった♪

 鳩山総理が熱の入った応援演説に駆けつけるも、矢張り東京はオリンピック開催地選考会で落選してしまった。

 数日前のニュースで、フランスはブラジルが武器を買ってくれた見返りとして、オリンピックにはブラジルに票を投じるという話が出ていた。

 当たり前の話である。

 オリンピックはヨーロッパが回している国際スポーツイベントであるから、ヨーロッパの人たちが喜ぶような接待なりロビー活動をしなければ、開催は叶わないだろう。

 それは多分、色々な手立てだろう。

 それが日本には出来ないとしても驚くには値しない。

 その点で、環境や選手の利便性に配慮した「非常に真面目な」東京オリンピックの構想は、オリンピックの開催地を選考する側からすれば、選ぶ理由がどこにも見あたらない・・・というところだろう。

 わざわざオバマ大統領夫妻が出向いたシカゴは最下位だった。

 これも又、なんとも言えず、嫌らしいヨーロッパ中心主義の真骨頂を見た思いがする。

 「日焼けした」人が大統領をしているから、落とされたような気がした。

 日焼けした人がいなければ、日本が最下位だったのかもしれない。

 ヨーロッパ人とは、にこやかに笑いながら、陰に回って足を引っ張るようなそういう陰湿で意地悪なイメージがある。

 だから、ヨーロッパが主導する殆どの国際スポーツイベントで、日本は常に煮え湯を飲まされる存在となっている。

 過去にヨーロッパに支配されていた国々は、悲しいことに未だに植民地時代の名残なのだろう。宗主国を憎みながら、ヨーロッパに憧れ、ヨーロッパが一番であると刷り込みされている。

 世界でヨーロッパの息が掛からない国は、大国ではアメリカと日本だけじゃないだろうか?

 だから、意地悪をされるとすれば、この二つの国だろう。

 アメリカ人は馬鹿で田舎者という風評を世界中に流したのは、きっとヨーロッパ人だ。(笑)

 私はこのようなヨーロッパが大嫌いなのだが、日本人の中には、矢張り、ヨーロッパが「世界の本場」だと信じて疑わない人々が大勢いて、ヨーロッパを否定する人は教養がない、趣味が下等な人だとレッテルを貼られてしまう。

 己の無知、考えの浅さ(考えているとして)、それらのものを棚に上げて、だ。

 刷り込みとはこのように、人の脳みそを固めてしまう。

 ヨーロッパとは、名誉職に就いている人間が娼婦を買ったり、人々がそれを許容するような国の集合体である。

 そういう意味では確かにヨーロッパは「本場」なのかもしれない。

 しかしながら、ヨーロッパがどういう文化を持っていようと、スポーツを真剣にしているアスリートにとって、オリンピックは世界で一番大きな国際大会である。

 彼らは、レギュレーションがコロコロ変わっても、日本人選手にとって不利なものに変えられても、負けずに頑張っている。

 その努力を私は尊いと思う。

 競技には少なくともルールやレギュレーションがあるから、チャンスは確実にある。

 しかし、開催地となるとそうはいかない。

 投げ出してしまえとは言わないが、オリンピックを開催することで涙するほどの感激は日本には起こらないだろう。

 そのことが私には嬉しい。

 日本とはかように豊かな国なのである。とほくそ笑みさえする。

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